ペットの栄養に関する記事

【獣医師が解説】ペットの栄養編:テーマ「ブレインフード(1)卵黄」

肺は呼吸、胃腸は消化・吸収、腎臓は尿生成というように体の臓器はそれぞれ大切な仕事を担当しています。どれも加齢に伴いその機能は少しずつ低下してゆきますが、その中でも老化による影響が心配な臓器が脳です。現在、脳機能を維持・向上させる食材や栄養成分の研究が進んでいます。

【知能と脳の大きさ】

脳は呼吸・体温・食欲・睡眠といった生命維持のベースとなる活動の調節を担当しており、また知能=賢さを司る臓器でもあります。では脳は大きいほどその動物は頭が良いといえるのでしょうか?

賢い動物の脳

賢い動物と聞くとサル/チンパンジー、イルカ、カラスなどが頭に浮かびます。そこで主な動物のおおよその脳の重さを調べてみるとバンドウイルカ(2kg)、インドゾウ(5kg)、シロナガスクジラ(9kg)、イヌ(70g)、ネコ(30g)、チンパンジー(400g)、そしてヒト(1.3kg)とされています。

単純に「脳が大きい=頭が良い」とすると、私たちヒトはゾウやクジラよりも脳が小さく賢くないとなり、心情的に困ったことになります。しかしこれは単に脳の重さは体重に比例するだけのことであり、科学的には脳重量を体の大きさに見合った値に補正する必要があります。

脳化指数

脳化指数という指標があります。これは「その動物の体重に見合った脳重量に対して実際はどれくらい重いのか」を数値化したもので、一般にネコを基準として算出されます。つまりネコの体重と脳重量のつり合いを基準にして他の動物を比較するという考え方です。

脳化指数は出典により若干の差はありますが、バンドウイルカ(4.8)、チンパンジー(2.3)、シロナガスクジラ(1.2)、インドゾウ(1.1)です。そしてイヌ(1.2)、ネコ(1.0)、ヒト(7.5)となります(山本直之 名古屋大学 2019年、飛松省三 九州大学 2020年)。こうすると頭が良いとされるイルカやチンパンジーは確かに体重に対して脳が大きく、その値が最も大きい私たちヒトは他の動物よりもはるかに賢い動物となり納得感が得られます。

【ブレインフード】

皆さんはブレインフードというワードをご存知でしょうか?ブレインフードとは脳機能の維持・改善に役立つ食材や栄養成分をいいます。このコラムで何度も登場したDHAやEPAはその代表です。

脳機能を応援する栄養成分

一緒に暮らすペットは利口でいて欲しい、高齢ペットの脳の衰えが心配であるという意見をよく耳にします。この脳の働きを応援するものがブレインフードですが、これにはしっかりとした科学的根拠(エビデンス)が必要です。ブレインフードに関する研究論文を調査した報告がありますので見てみましょう(矢澤一良ら 早稲田大学 2023年)。

この調査では脳機能改善のメカニズムを①脳の血流を改善する ②脳神経細胞を酸化障害から守る ③脳神経を活性化する ④脳疲労の回復・睡眠を促進する、の4つにまとめています。そして具体的な機能性成分としてはDHA、EPA、イチョウ葉エキス、ポリフェノール、グリシンなどが報告されており、どれもテレビCMなどでお馴染みです。

神経伝達物質

上記の脳機能改善メカニズムに②脳神経の活性化があります。脳は神経細胞の集合体であり、脳神経がさまざまな情報をやり取りすることで思考、理解、記憶、感情などの脳機能が調整されています。この時の情報伝達の仲介役(=情報伝達物質)の1つにアセチルコリンという物質があります。

アセチルコリンは主に「記憶」を担当する神経伝達物質であり、アルツハイマー型認知症患者では脳内の分泌量が減少しているといいます。老化/認知症→脳神経細胞の減少→アセチルコリンの分泌量減少→記憶力の低下、とつながると考えられます。

アセチルコリンの材料コリン

記憶を担当するアセチルコリンはアセチルCoAとコリンというものから脳内で作られます。このアセチルCoAはブドウ糖から生成されるのに対し、コリンは体内合成がほとんどできないため食物から摂取する必要があります。

食物として摂ったコリンの一部は腸内細菌により分解されてしまいますが、リン脂質という脂(あぶら)と結合したものは小腸から吸収され血液によって脳に運ばれます。そしてアセチルCoAと一緒になり神経伝達物質のアセチルコリンに合成されます。このコリンを含むリン脂質をもつ食材の代表として大豆や卵黄があります。

卵黄コリン

コリンをたくさん含む食材を見てみましょう。米国農務省データベースによると食材100g中のコリン量が多いものとして牛レバー(418㎎)、鶏レバー(290㎎)、鶏卵(251㎎)があり、これらに次いで小麦胚芽(152㎎)、ベーコン(125㎎)、乾燥大豆(116㎎)、豚肉(103㎎)などとなっています。

鶏卵全体の70%はタンパク質から成る卵白、残り30%が卵黄です。卵黄は脂質を含み、コリンはこの脂質の仲間のリン脂質と結合した状態で存在しているため「卵黄コリン」とよばれています。卵黄は神経伝達物質アセチルコリンの材料であるコリンを効率よく摂れるブレインフードといえます。

【卵黄コリンのはたらき】

ブレインフードとして脳機能、中でも記憶力向上に有用とされる卵黄コリンの研究データを紹介します。

短期記憶力アップ

大学生に卵黄コリンとビタミンB12を含むサプリメントを4週間摂取してもらい、短期記憶テストを行った実験報告があります(杉山喜一ら 北海道教育大学 2002年)このテストはいろいろな2桁の数字を0.5、1.0、1.5、2.0秒間の短時間見てその記憶量を測定するというものです。

サプリメントを摂取しない対照群と摂取した試験群、共に数字の呈示時間が長くなるほど記憶量は増えましたが、時間ごとで比べると試験群の方が多い結果になりました。また0.5秒~2.0秒間の全体平均でみても、対照群(2.28)に対して試験群(2.63)と15.3%もの記憶力増加が確認されました。

サプリメント中のビタミンB12にはアセチルコリン合成を促進させる作用があります。卵黄コリン+ビタミンB12の摂取により脳内のアセチルコリン量が増加し、短期の記憶力がアップしたものと考えられます。

言語記憶力アップ

次は高齢者を対象とした卵黄コリンの機能を確認した試験です。60~80歳の男女41人を2グループに分け、試験群(20人)に卵黄コリンを含むサプリメントを12週間摂取してもらいました。対照として卵黄コリンを含まないサプリメントを摂取するプラセボ群(21人)を設定し、両群で認知機能検査を実施しました。

認知機能検査には視覚記憶力、運動速度、注意力などの項目がありますが、両群において有意な差が認められたのは言語記憶力でした。プラセボ群は試験期間中、言語記憶力の変化はほとんど見られませんでしたが、試験群では開始時と比べて6週目および12週目共に大幅なアップが確認されました。

この言語記憶力とは言葉を記憶して思い出す力のことをいいます。卵黄コリンは高齢者の脳内アセチルコリン合成を応援し、さまざまな言葉の記憶力を向上させる作用があるという結果でした。

脳は私たちヒトやペットの知能、記憶、感情などを総合的にコントロールしている重要臓器です。脳を構成する神経細胞に着目して、その健康や機能を維持向上させるブレインフードの研究は年々盛んに行われています。次回も引き続きブレインフードに関する新情報をお知らせします。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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