心身の健康の維持・向上に音楽を活用しようとする試みを音楽療法といいます。これを応用して病院で流れるBGMが患者の不安な気持ちを抑えてくれるというデータを紹介しました。今回はズバリ痛みを和らげる作用があるのはどのようなジャンルの音楽かという話です。
目次
【BGMとストレス】
皆さんは仕事中に音楽がかかっていると気が散るタイプですか、それとも作業がスイスイ進むタイプでしょうか? 常時大きなストレスがかかる職種でBGMは有効なのかというテーマについて考えてみましょう。
ストレスの指標
ストレスの強弱は本人の主観に因りますが、その度合いを数値化する方法として唾液中のアミラーゼという酵素の量を測定するというものがあります。唾液アミラーゼは興奮状態やストレス状態において分泌量が増加し、30KU/L以上をもってストレスありと評価されます。
この方法で病院の集中治療部に勤務する看護師42名のストレスレベルを調査した報告があります(小松亜矢子ら 2009年 東京医科大学)。BGMの有無とストレス感覚との関係をみたところ、BGMを流した場合の唾液アミラーゼ値はストレスを感じる被験者(30.8KU/L)、感じない被験者(27.8KU/L)でした。両群ともにBGMはストレスを緩和していることが判ります。
BGMの歌詞あり/なし
BGMには歌詞が有るものと曲のみで歌詞が無いものがあります。ではこの2パターンではどちらがストレスをより抑えるのでしょうか?この場合、歌詞ありBGMを聴いた方が唾液アミラーゼ値はストレスを感じる被験者(4.6KU/L)、感じない被験者(22.6KU/L)とストレスラインを下回る結果となりました。
BGMにはストレスをマスキングする作用があるとされます。歌詞ありBGMは気が散って仕事に集中できないという意見もありますが、脳にとってのストレス軽減効果は音楽/BGMへの同調程度に関連する(=この実験では歌詞ありBGMの方が安らぐ)ということになります。
【痛みの緩和作用】
音楽の他にストレスや痛みを緩和してくれるものに温度(加温、冷却)や香りがあります。ぬるめのお風呂やアロマでリラックスするとか、打撲箇所に温湿布/冷湿布を貼るといった具合です。ではこの中で痛みを和らげる作用が高いものはどれでしょうか?
温度と音楽と香り
女子大学生25人を対象として皮膚に我慢できる程度の電気刺激を与え、その時のストレスのかかり具合から痛み感覚を比較したという報告があります。この実験は、皮膚を冷却(22℃)または加温(35℃)、好きな音楽を聴く、好きな香り嗅ぐという4条件下で実施されました(佐伯由香ら 長野看護大学 2003年)。
何も行わない対照時の痛みの感度を100として4条件下での反応値を算出したところ、冷却(51.7)、加温(142.1)、音楽(56.5)、香り(68.2)となりました。これは皮膚を温めると痛み感覚は敏感になり、その他は鈍感=感じにくくなるということです。好きな音楽を聴くと電気刺激のようなチクチクと鋭い痛みの感覚が緩やかになります。
マッサージ+音楽の相乗効果
もう1つ痛み感覚の緩和に関する面白い実験データを紹介しましょう。ボディソニック(体感音響振動)チェアというものがあります。これは身体に振動を与える装置が付いたリクライニングチェアのことで、これに座って音楽を聴いた場合の痛みの感じ方を測定したという報告です(谷川美保子ら 長崎大学医療技術短期大学 1993年)。
19~21歳の健康な女性30人を被験者として、ボディソニックチェアに座りながら音楽を20分間聴いてもらい、この前後の痛みの閾値(いきち)を測定しました。閾値とは感覚を認知するために必要な最小限度の刺激量のことで、この値が小さいほど敏感、大きいほど鈍感ということになります。
ボディソニックチェアに座って5分後(振動のみ)、これと同時に音楽を聴いて20分後(振動+音楽)の閾値を比較測定したところ、被験者30人中23人(77%)において14.0→15.7=1.7アップとなりました。身体への振動と音楽を併用することで70%以上の被験者は痛みの感覚が鈍くなったということです。
ケガや手術を受けたペットを高価なボディソニックチェアにじっと座らせるのは難しいでしょう。その代わり落ち着いたBGMを流しながらオーナーの皆さんがゆっくりとペットの体を撫でてあげる(=振動を与える)とより痛みを和らげる作用があると考えられます。
【クラシックと痛み感覚】
曲の速さをテンポといいます。速いテンポの曲を聴くと高揚感が沸き上がり、遅い曲を聴くとリラックス状態になります。これは曲のテンポの違いにより交感神経(=興奮時)または副交感神経(=安静時)が刺激されるためです。では痛みを和らげる効果が高いのはどのようなジャンルの音楽でしょうか?
痛みを抑える音楽は?
テンポが異なる3種類の曲を聴いた時の感覚の違いを確認した報告があります。実験設定は次の通りです(武井賢郎 松本歯科大学 2014年)。
●被験者 男女合計45人(22~57歳)
●グループ
対照:音楽なし
試験群:ポップス、バラード、クラシックを2分間聴く
●電気刺激
腕、足首、舌に電極を取り付け、電気刺激を与える
●測定項目
知覚閾値(最小感知電流値)、痛覚閾値(痛み認知電流値)
音楽を聴かない対照時での知覚および痛覚閾値を100として各試験群の値と比較しました。まず腕内側では電気が流れたと感じる知覚閾値は3曲すべてにおいて上昇、電気刺激の痛みを感じる痛覚閾値ではバラードとクラシックにおいて上昇が見られました。
次は足首の感覚結果です。この場合も知覚閾値は3曲すべてで上昇、痛覚閾値ではバラードとクラシックにおいて上昇が確認されました。閾値が高くなるということは感覚が鈍くなるという意味です。ポップスよりもバラードやクラシックを聴いた時の方が、腕や足の痛みを感じにくくなるということになります。
スローテンポの音楽
皮膚感覚は体の部位により異なります。鈍いのは背中、敏感なのは手のひら・唇・指先ですが、最も敏感な部位は舌先です。実験での舌の痛覚閾値結果を見てみると無音(100)、ポップス(107)、バラード(118)、そしてクラシック(139)となりました。
今回の実験で使用されたバラードは歌詞ありの曲、クラシックはショパンのピアノ曲です。感覚閾値と痛覚閾値をアップさせたこれら2曲に共通するのはスローテンポであるという点です。手足の皮膚に加え、ヒト/ペットで最も感覚が鋭い舌の痛みを抑える作用が高いのは、ゆっくりと流れるクラシック音楽ということになります。
私たちオーナーもペットもケガや病気で手術を受けることがあります。また加齢により関節の痛みなども発生します。痛みストレスを我慢しながら自宅で療養する場合、BGMとしてスローテンポの曲を流しながら過ごすのが良いでしょう。
次回は動物や皆さんのペットが音楽を聴いた時の具体的な反応についての試験結果を紹介します。
(以上)
執筆獣医師のご紹介

本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。