皮膚病、特にアトピー性皮膚炎は根本原因がはっきり判らず、完治も難しいためケアをされているペットオーナーのメンタルは弱ってしまいます。動物病院でもらう治療薬は効果がありますが、さらに痒みを和らげる何かをしてあげられないものでしょうか。
目次
【皮膚病とストレス】
アトピー性皮膚炎は長期に渡る慢性疾患であり、症状には強弱のムラがあります。加えて病状が強く出る時にはきっかけとなる「引き金」があります。
病状悪化の引き金
男女合計18人(14~43歳)のアトピー患者を対象に、皮膚の状態が悪化する条件を聞き取り調査した報告があります(針谷 毅ら 資生堂ライフサイエンス研究センター 2000年)。皮膚病状を「悪化しない」「やや悪化する」「悪化する」「非常に悪化する」の4段階に分け、それぞれあてはまる条件を答えてもらいました。
この中で「病状が非常に悪化する」の回答割合を見てみると、日光・紫外線を浴びる(11%)、汗をかく(16%)、疲労・身体的ストレス(32%)、精神的ストレス(36%)、食べ過ぎ・飲み過ぎ(5%)、特定の季節(16%)となりました。
ペットのアトピーでは、夏場や冬場など季節との関係が強いという報告を聞きますが、ストレスといった心身への負荷も皮膚病状悪化の大きな引き金になっていることが判ります。
ストレスとアレルギー反応
ストレスが加わると皮膚のアレルギー反応は強まるのか?ということを確認した実験データを見てみましょう(浦上仁志ら 岡山大学 2024年)。マウスを2グループに分け、一方は1日2時間狭い筒の中に拘束するという負荷を7日間加えるストレス群、もう一方は何もしない対照群としました。そして両グループのマウスの耳にアレルギー物質を注射して腫れの反応を観察しました。
対照群マウスの耳の腫れを100として拘束ストレス群と経過比較したところ、約110~230という強い反応が現れました。拘束という身体的/精神的ストレスが加わることにより、皮膚のアレルギー反応は強く表れるということです。
【イライラと皮膚の病状】
身体機能は自身の意思で調節できるもの(手足を動かす等)とできないもの(心臓を動かす、食べた物を消化する、汗をかく等)の2グループに分けられます。後者の機能を担当している神経を自律神経系といい、交感神経と副交感神経から成ります。
交感神経とアレルギー反応
体にストレスがかかるとイライラし、心臓はドキドキして呼吸は荒くなります。これらは自律神経系の交感神経にスイッチが入るためですが、この時皮膚のアレルギー反応はどうなるでしょうか?
先ほどのマウスの実験の続きです。今度は供試マウス全頭に交感神経を除去する処置を行い、拘束ストレス群と対照群に分けて同様に耳にアレルギー物質を注射しました。すると両群マウスの耳の腫れに大きな差は確認されなくなりました。この結果から皮膚のアレルギー反応が強く現れる時には、交感神経が作動していることが判りました。
冒頭のアトピー患者へのアンケート調査では、病状悪化の引き金としてストレス(身体的、精神的)に高い回答がありました。この背景には交感神経の作動、すなわちイライラ/ドキドキという精神状態が関与していると考えられます。
精神安定薬の活用
交感神経を取り除いてしまうという荒業は実験レベルの話であり、現実的ではありません。そこでイライラ/興奮を抑える作用のある漢方薬を用いた試験報告があります(舟串直子 順天堂大学 2012年)。設定は次のとおりです。
●供試動物 アトピー性皮膚炎モデルマウス
●供試薬 精神安定作用がある漢方薬
●グループ
対照群 …通常のエサを給与
試験群 …供試薬を1%配合したエサを12週間給与
※12週間後に対照群と試験群の入れ替えを実施
●評価項目 皮膚炎スコア
アトピー性皮膚炎のモデルマウスはダニなどがいる通常の環境で飼育すると皮膚炎を発症するため、ヒトへの身体的/精神的ストレスと同様の負荷に相当します。対照群において皮膚炎スコアは経過と共に上昇していったのに対し、試験群ではほぼ変わらないという結果になりました。
次に12週目に群の入れ替え(対照群に漢方薬配合のエサを給与、試験群は通常のエサを給与)を行ったところ、元:対照群の皮膚炎スコアは低下し、元:試験群では上昇するという逆転反応が見られました。精神状態を安定させると交感神経の作動が抑えられ、そしてアトピー性皮膚炎の症状緩和につながると考えられます。
【精神の安定化】
ヒトのアトピー治療では漢方薬の処方を希望する患者が少なくないとのことです。これは皮膚患部の治療というよりは、メンタルの不安定を和らげることを目的としています。最後にヒトのアトピー患者に対する漢方薬の服用実例を紹介します(二宮文乃 開業医 2008年)。
気分
アトピー性皮膚炎の治療を受けている患者男女合計6人(15~45歳)への治療として精神安定作用のある漢方薬を服用してもらいました。そしてSDS検査といううつ病の心理レベルを自己評価する方法で投与2~3か月後の気分の変化を調べました。
3人の患者の服用前後検査値は患者1(56→26)、患者2(48→38)、患者3(59→26)となりました。このSDS検査では正常(23~47点)、神経症(39~56点)、うつ病(53~67点)とされています。供試された漢方薬によりアトピー患者のメンタルは改善方向に向かいました。
発汗量
ではメンタル面の安定がアトピー患者の皮膚の状態にどのような影響を与えるのかを見てみましょう。私たちヒトは緊張やイライラ状態に入ると手のひらや足の裏に汗をかきます。これは交感神経の作用によるもので「精神性発汗」といいます。
別の患者3人の漢方薬服用前後の手のひらの発汗量を測定しました。すると水分量は服用前(99.0%以上)→服用2週間後(41.6~58.1%)と50%前後の減少効果がありました。先ほどのSDS検査は本人の主観による評価でしたが、皮膚の反応としてもリラックス状態に改善していることが確認できました。
ストレス負荷後の反応
前出の拘束マウスの実験では、ストレス→交感神経作動→皮膚アレルギーの病状悪化、という流れが示されました。ここでリラックス作用がある漢方薬を服用した場合のストレス負荷前後の発汗量を測定します。
患者へのストレス負荷として、数字を100から7ずつ引き算をしてゆくというイライラ作業を行ってもらいました。漢方薬服用前はストレス負荷に関係なく手のひらの水分量は99.0%以上でした。これが服用後では負荷前(41.6%~58.1%)→負荷後(62.6%~68.3%)という結果になりました。
ストレスを受けた状態でもアトピー患者の皮膚反応は穏やかさを保持できていたということです。アトピー性皮膚炎の自宅療法では、ステロイドなどの薬と合わせて精神状態を安定化させることが重要であるといえます。
今回は漢方薬の活用データを紹介しましたが、アトピー性皮膚炎ペットのストレス緩和/精神状態の安定化にはリラックス作用のあるクラシック音楽やアロマの活用が安心でしょう。次回はヒトやペットの皮膚病・脱毛治療にLEDを応用するという耳寄り情報をお知らせします。
(以上)
執筆獣医師のご紹介

本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。