シリーズで皮膚病/アトピー性皮膚炎についての話をしています。慢性的な痒みを主症状とする点はヒトもペットも同じですが、ペットの場合は全身を被毛が覆っているために脱毛が目立ちます。この皮膚病変や脱毛部位の治療・修復にLEDを活用するという試みがあります。
目次
【LEDの皮膚への作用】
2027年をもって水銀を使用する蛍光灯の製造・輸出入が禁止になります。この代替品として普及が進んでいるのがLED照明です。価格は高いものの省エネで長寿命という長所があります。
LEDとは?
LEDとは発光ダイオードという半導体のことで、これに電圧を加えると光が放出されます。光の三原色(赤、緑、青)のLEDが開発されたことで、黄色や白色など様々な色の光がつくれるようになりました。
私たちの身の周りでは部屋の照明(シーリングライト、デスクライト)や懐中電灯にLEDが使用されています。また、いろいろな色が出せることから、お店の看板や信号機などにも幅広く活用されています。
皮膚細胞への作用
このように照明器具として広く普及してきたLEDですが医療分野、中でも皮膚の病変治療や老化対策への可能性について研究が進んでいます。ヒトの細胞へのLED照射の影響を調べた報告があります(森脇真一ら 大阪医科大学 2008年)。
ヒトの皮膚に由来する線維芽(せんいが)細胞に赤色LEDを1日10分間×6日間照射するという実験が行われました。経時的にLEDを照射しない対照と細胞数を比較したところ、6日目では対照(約23万個)に対しLED照射(約28万個)となりました。赤色LEDの光は皮膚細胞の増殖を促進する働きがあることが判りました。
【LEDの発毛・育毛作用】
先ほどの実験は培養した皮膚細胞にLEDの光をあてるというものでしたが、次は直接生体にLEDを照射するとどうなるかという研究報告です。
マウスの発毛作用
背中の被毛を剃ったマウスにLEDを照射した場合の反応を観察した研究データです(吉澤和彦 開業医師 2019年)。設定は以下のとおりです。
●被験動物 背部を剪毛されたマウス合計18匹
●グループ
対照群 …無刺激
試験群(A)…赤色LED光を1分間照射
試験群(B)…赤色LED光+温風を1分間照射
剪毛により被毛が無い背中の皮膚を観察し、発毛が確認できた面積割合から発毛率を算出しました。すると試験開始41日目には対照群約0.1%、試験群(A)約0.55%、試験群(B)約0.7%となりました。マウスの皮膚に赤色LEDの光を照射すると発毛が促され、その作用は同時に温風をあてることでより増強されるという結果でした。
ヒトの発毛作用
上記の実験結果からLED光と温風の組合せによるLEDドライヤーを作製し、今度はヒトに対する発毛効果を検討しました。健常者20人(男性8名:41~67歳、女性12名:38~55歳)を被験者とし、3~6か月間このLEDドライヤーを使用してもらいました。
頭皮に新しく毛が生えた部位の面積割合をもとに発毛率を算出すると、男性平均43.1%、女性平均52.2%、全被験者47.7%という結果になりました。ある程度の密度で産毛が生えている男女被験者に対して、赤色LED照射と温風をセットで頭皮を刺激することは発毛/育毛に効果的であることが確認されました。
真皮に作用するLED
皮膚細胞やマウス/ヒトへの照射実験から赤色LEDの光は、皮膚や毛の増殖に作用することが判りましたがその理由は何なのでしょうか?これには皮膚の構造が関係しています。
私たちヒトやペットなど動物の皮膚は表皮・真皮・皮下組織という3層構造でできています。この内、2層目の真皮は膠原線維(コラーゲン)と弾性線維(エラスチン)という細胞から構成され、神経や毛細血管が走り、毛の基部=毛根が存在する部位です。前出の線維芽細胞とはこの2種類の線維の子どもの細胞です。
赤・緑・青をベースとするLEDの中で、赤色LEDの光は皮膚の真皮にまで到達するといいます。真皮にまで届いた光は皮膚のハリや弾力性を担う膠原線維/弾性線維、そして毛根内部で毛の細胞を作る毛母(もうぼ)を刺激します。これにより皮膚の再生や発毛が促進されると考えられています。
【アトピー犬へのLED治療】
体にLED光を照射することにより皮膚細胞の増殖や発毛が活発になるという研究データから、これをアトピー性皮膚炎犬の治療に応用する試みが始まっています。
皮膚病変の改善
アトピー性皮膚炎のイヌ10頭に対し、治療用に開発されたLED照射装置を用いた治療効果を確認した報告です(藤村正人ら 開業獣医師 2023年)。被験犬の年齢は1~16歳、皮膚病変は脇、腹部、臀部、前後肢などさまざまです。これらの皮膚表面に10㎜の距離から1回5分間×2回LED光を照射しました。なお4週間の試験期間中はステロイドなどの治療薬の投与は禁止しました。
皮膚病変は紅斑(赤み)、苔癬化(厚く硬くなる)、破損痕・脱毛について0(変化なし)~3(重症)の4段階にスコア化して評価しました。開始前と照射4週後の病変スコアの中央値を比べたところ紅斑(2→1)、苔癬化(2.5→1)、破損痕・脱毛(2→1)と改善が確認されました。
同時にLED照射前後の病変スコア減少率を算出した結果、紅斑50%、苔癬化60%、破損痕・脱毛50%、そして総合皮膚スコアは46.2%となりました。なお照射期間中、やけどや水泡・熱感等の副反応は観察されませんでした。このように医療用LED照射はアトピー犬の皮膚病変/脱毛治療に有用であることが確認されました。
常同行動・褥瘡治療への期待
皮膚の紅斑・苔癬化・脱毛はアトピー性皮膚炎以外にも見られる病変です。たとえば常同行動や褥瘡です。常同行動とはストレスや認知機能の低下などにより同じ行動を繰り返すことをいいますが、この1つとして自身の脚の皮膚を舐め続ける行為があります。病名としては「肢端舐性皮膚炎」と呼ばれ、前肢の脱毛や皮膚の炎症/ただれなどが起きてしまいます。
褥瘡は老齢ペットが寝たきり状態になり発生する「床ずれ」のことです。長時間にわたり同じ部位に体重がかかり、皮膚の血行不良から壊死などの損傷が発生します。今後アトピー性皮膚炎以外にも、このようなペットの皮膚病変の治療修復にLEDを活用する場面が期待されます。
ペットの皮膚病やアトピー性皮膚炎では脱毛が目立ちます。このためオーナーのみなさんは動物病院への通院時や外出・散歩時に周囲の人達から受ける視線が気になるといいます。さらにフード選びや皮膚ケアなどオーナーには心身ともに大きな負担がかかります。
アトピー犬の皮膚脱毛部が早く元の状態に戻ったらどれほどうれしいことでしょうか。当事者であるペットの健康復帰はもちろん、ケアをされているオーナーのメンタル面の改善にもLED治療の進展/普及が望まれます。
※今回紹介したLED照射装置は実験用に開発されたものです。みなさんの家庭にあるLED照明とは異なるものであり、同様の治療効果は期待できませんのでご注意下さい。
(以上)
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執筆獣医師のご紹介

本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。