獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットとの生活編:テーマ「ペット飼育と介護/認知症リスク」

ペット飼育と私たちの心身の健康との関係についてお伝えしています。実験室内のデータではなく全国からモニターを募り、妊婦さんの精神状態、幼児のアレルギー性疾患/食物アレルギーとの関係を確認してきました。今回はこのシリーズの最終版としてペットと暮らす高齢者の健康状態(介護、認知症)との関連性をお知らせします。

【ペット飼育とお年寄りの健康】

「ペットと暮らす高齢者は健康である。」というイメージがあります。これは朝早くにイヌの散歩をされているお年寄りの姿からの連想かもしれません。ここでは高齢者の健康状態を統計の数値として確認してみようと思います。

3大疾病の有病率

現在の日本において死因の上位を占める、がん・心疾患・脳血管疾患を3大疾病とよんでいます。全国の高齢者460人(平均年齢77.7歳)を対象として、ペット飼育と3大疾病有病率との関係が報告されています(谷口優ら 東京都健康長寿医療センター 2023年)。

モニター高齢者の内訳はペット飼育者が96人(20.9%)、ペットの種類はイヌ・ネコ・その他、ペット非飼育者364人(79.1%)です。両グループの3大疾病の有病割合はがん(14.6%、14.0%)、心臓病(26.0%、21.2%)、脳卒中(9.4%、11.0%)でした(前数値:ペット飼育者群、後数値:非飼育者群)。

他にも糖尿病(20.8%、19.0%)、高血圧(47.9%、51.9%)、フレイル(8.6%、14.8%)といったように、フレイルを除くとペット飼育と非飼育の間に有病率の大きな差は確認されませんでした。

月額医療費

予想に反してペット飼育の有無と主要疾病との間に関連性はなさそうですが、もう少し具体的に両グループの医療費を比較してみましょう。ひと月あたりの平均医療費はペット飼育者群(48,054円)、非飼育者群(42,260円)です。ペットと一緒に生活しているお年寄りグループの方が月額計算で5,800円ほど高いという結果でした。実際にはペット飼育と高齢者の健康との間に関連性は無いようです。

(参考までに現在国民1人あたりの年間医療費はおよそ35万円、月額計算では約29,000円です。その内75歳以上の高齢者の医療費は約77,000円とのことです。)

月額介護費用

ペットを飼育しているお年寄りは健康的で病気が少ないと考えていたのですが実際には差ほど違いはなく、逆に医療費は多いというデータにがっかり感があります。では介護費用についてはどうでしょうか?

月額介護保険サービス利用費はペット飼育者群(676円)、非飼育者群(1,420円)でした。ペットと一緒に生活する高齢者は、病気に罹る割合には大きな影響はないものの、通所リハビリや訪問介護といったサービスに支払う介護費用はおよそ半分に抑えられているといううれしい結果でした。

飼育費用をお忘れなく

この調査結果はプレスリリースや研究論文として発表され、大きな反響を呼んでいますが留意すべき点があります。それはペット飼育にかかる費用を考慮しなければならいということです。アニコム損保の2025年報告によると年間ペット飼育支出金額はおよそイヌで41万円、ネコでは18万円です。これを合わせて月額金額として計算するとペット飼育にはひと月あたり約24,700円が必要になります。

高齢者の介護費用軽減にはペットの存在が有用です。確かに飼育費用はかかりますが、お年寄りのQOL(生活の質)維持向上のためにこの費用は相殺されると考えても良いかもしれません。

【イヌ/ネコ飼育と認知症】

3大疾病や介護リスクと並び、お年寄りの大きな心配事は認知機能の低下です。ここでは高齢者の認知症とペット飼育との関連性についての調査データを紹介します(谷口優ら 東京都健康長寿医療センター 2023年)。

認知症発症率

1万人以上のお年寄り(平均年齢74.2歳)を①現在イヌ飼育中 ②イヌ飼育経験なし ③現在ネコ飼育中 ④ネコ飼育経験なしの4つのグループに分け、4年間の追跡調査を実施しました。

各グループのモニター高齢者の認知症発症率を調べたところ、最も値が低かったのが①現在イヌ飼育中群(3.6%)、次いで③現在ネコ飼育中群(4.5%)でした。飼育経験なし群は同等で②が5.1%、④が5.0%でした。ペットの飼育、特にイヌと生活するお年寄りの認知症発症率が低いことが判ります。

運動と社会交流

前出の調査ではお年寄りのがん・心疾患・脳血管疾患、いわゆる3大疾病に関してペット飼育との関連性は見出されませんでしたが、認知症については良さそうな結果が見えています。ではこの認知症の発症を抑えている生活因子は何なのかを押さえておきましょう。

4つのグループ間において比較的大きな差が確認できたものに「外出頻度」がありました。「少なくとも1日1回外出する」と回答したお年寄りの割合が最も高かったのは①現在イヌ飼育中群(81.2%)、次いで③現在ネコ飼育中群(76.8%)でした。飼育経験なし群は同等で②が74.2%、④が74.6%でした。

もう1つ4グループ間に差が確認されたものに「社会交流」がありました。「隣人との会話・交流がある」と回答した割合では、①現在イヌ飼育中(40.6%)と③現在ネコ飼育中群(40.4%)が同等で高く、飼育経験なし群は②37.1%、④37.2%と低い結果でした。

このように見るとペットを飼育する高齢者は散歩や買い物の必要性などから毎日の運動と社会交流の頻度が高く、これが認知症の発症率を抑制しているのではないかと考えられます。

イヌ飼育vsネコ飼育

ペットと共に生活するお年寄りは、認知症の発症率が低いといううれしい結果が得られました。ではペットとしてイヌとネコではどちらの方が認知症予防に有用なのでしょうか?4グループの中のペット飼育経験なし群②④と現在飼育中群①③の認知症発症との関連度を比較します。

イヌ飼育において飼育経験なし群②の関連度を1とすると現在飼育中群①の値は0.60、ネコ飼育では飼育経験なし群③の関連度1に対して現在飼育中群③は0.98となりました。1より数値が小さいほど関連性(=発症リスク)が低いという意味ですので、残念ながらネコの飼育は認知症予防に関係なし、対してイヌの飼育はおよそ40%も発症リスクを抑えるという計算結果になりました。

このデータを表面だけ見ると、イヌはお年寄りの脳に何か直接良い影響を与えているような感がありますがそうではありません。イヌ飼育の背景には先ほど紹介した「運動と社会交流」、中でも1日1~2回の「散歩」があり、これがネコ飼育との大きな違いになります。

毎日愛犬と散歩をすることで高齢オーナーの骨・筋肉は鍛えられます(冒頭データでペット飼育者のフレイル罹患率が低かったのはこれによるものでしょう)。また散歩中に同じオーナー仲間と、または行き帰りでご近所の人達と軽い会話を交わすことで脳が活性化されます。これら「運動と社会交流」がイヌ飼育により実践されるという訳です。

妊婦さん/出生前の胎児~幼児~高齢者と様々な年齢層のオーナーの健康にペットが関与しているという話をしてきましたが、必ずしもペット飼育が良い結果をもたらしているというわけではありませんでした。重要な点は統計データを上手に使いこなし、リスク(損害)を最小に抑えリターン(幸福)を最大化することです。

ペットの飼育では費用やいろいろな心配事が発生しますが、みなさんの心身の健康維持・向上のために無理せず愛犬/愛猫との生活をお送り下さい。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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