獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットとの生活編:テーマ「味覚が変わる ~加齢・老化~」

食事の時間なのにフードを食べない、同じフードなのに食べたり食べなかったり、などペットの食事場面でオーナーの皆さんが困ってしまうことがあります。言葉が通じないため理由は判らないのですが、ひょっとするとペットの加齢/老化による味覚の変化が始まっているのかもしれません。

目次

【味覚障害と老化】

味覚障害を理由に病院で診察を受ける人は少なくありません。大学病院の歯科診療センターを受診した味覚障害患者101人に関する調査報告があります(松下貴惠ら 北海道大学 2020年)。これを元にペットの老化と味覚の変化について考えてみようと思います。

患者の年齢

まず味覚障害患者を年齢を元に2つのグループに分けました。65歳未満の非高齢者群(30~62歳:平均年齢50.9歳)は27人、65歳以上の高齢者群(65~90歳:平均年齢75.8歳)は74人となり、想像どおり年齢が進むにつれて味覚に障害が現れる割合はアップしていました。

次は味覚障害の内容です。味覚障害といってもいくつかの種類があり、口内には何も無いのに特定の味が持続する(自発性異常味覚)、味が薄く感じる・まったく判らない(味覚減退・脱出)、本来の味とは違った味を感じる(異味症)が主なものです。

この調査で最も多かったものは「自発性異常味覚」で両グループ共に50~60%を占めていましたが、有意差が確認されたのは「味覚減退・脱出」で非高齢者群(11%)であったのに対し高齢者群(35%)でした。ペットにおいてフードの食いつきに関係するのはこの味覚減退・脱出ですので、愛犬愛猫でも老化が味覚変化に関与すると考えられます。

口腔カンジダ感染,/h3>
次は患者101人の味覚障害の原因についてです。これには強いストレスなどの心因性や突発性、亜鉛不足などがあり、この中で注目されているのが口腔疾患のカンジダ感染です。カンジダはカビの仲間である真菌という微生物で皮膚や生殖器などで繁殖しますが、高齢者では口腔内にも存在します。これを口腔カンジダ感染といいます。

今回の調査でも口腔内のカンジダ陽性率は非高齢者群(26%)高齢者群(49%)と年齢が進むほど高い感染率を示していました。そしてこのカンジダが味覚障害の原因と診断された患者の割合は非高齢者群(4%)に対し、高齢者群(19%)と大きな差が見られました。

一般飼育犬の口腔内カンジダ保有率は26%という報告があり(森田幸雄ら 群馬県中央食肉衛生検査所 1993年)、以上の結果からペットにおいても味覚変化の背景に加齢・老化と口腔内のカンジダ感染があるのではないかと推察されます。

【高齢者の味覚変化】

老化が進むにつれて味が薄く感じる(味覚減退)・味がまったく判らない(味覚脱出)といった味覚障害が見られますが、これによって食べ物や味の好みはどのように変化するのでしょうか?

味の好みの変化

年齢と食品の味に対する好み(嗜好性)の関係についての大規模な調査報告があります(田口田鶴子ら 岡山県立短期大学 1990年)。対象は岡山市内の特別養護老人ホーム在園者100人、同市内の在宅老人363人、同市在住の6~59歳の1,647人といった様々な年齢層の人達です。

嗜好性調査は甘味、塩味、酸味、苦味をメインとする食品全23品について相当好き(5点)~相当嫌い(1点)までの5段階評価で回答してもらいました。結果は15~17歳の若年群→40~49歳の中年群→70~79歳の高齢群と年齢が進むにつれて塩味・酸味・苦味食品の嗜好度が低下するのに対し、甘味食品は逆に上昇していました。

私たちヒトは老化につれて塩味・酸味・苦味を感じる食べ物を嫌い、逆にエネルギー源である糖分に由来する甘い食品を好むようになるということです。この現象がペットにおいても見られるとすると、10歳(ヒトの60~70歳に相当)を過ぎた頃からフードの味の好みが変化し始めると考えられます。

味覚識別力

老化が進むと食べ物の味が判りづらくなるといいます。これを味覚識別不能(味を見分けることができない)と味覚混在化(本当の味に他の味が混ざって感じる)という2つの点で調査した報告を紹介しましょう(冷水里穂子ら 京都大学 2015年)。

甘味、うま味、塩味、酸味に対する識別不能者割合を若年者と高齢者で比較したところ、全体的に高齢者で数値は上昇し、味の見分けが難しくなっていることが判ります。ただし甘味については高齢者でも6%と識別能力は高く維持されていました。先ほどの年をとると甘い食べ物を好むようになるという結果に通じるところがあります。

味覚混在化

味覚障害の内容としてもう1つ味覚の混在化があります。この症状を示す人たちの割合も若年者と比べ高齢者の方が10ポイント、特に酸味では20ポイントほども高くなります。識別力が高く維持されていた甘味でも高齢者では何か他の味を余計に感じてしまうということです。

このように加齢による味覚低下/味覚障害は単に味の区別がつかないだけでなく、他の味がごちゃごちゃに混じっている感じがして食事が美味しく食べられなくなるということが判ります。

【運動による味覚感度の向上】

ヒトにせよペットにせよ必ず年をとります。加齢により低下した味覚感度は元の状態には戻らないのでしょうか?毎日の生活の中でできる簡単な方法で味覚の低下を抑える方法があります。

甘味とうま味の感度

高齢者は若い人達と比べ何倍くらい味覚感度が低下するのかを測定した報告です(林 由佳子 京都大学 2019年)。健常な男女若齢群38~41人(平均年齢22.2歳)と高齢群75~85人(平均年齢73.2歳)をモニターとして味覚の認知閾値を測定しました。閾値(いきち)とはその味を認識できる最小濃度のことで、数値が小さいほど敏感、大きいほど鈍感を意味します。

判りやすいように若齢群の平均値を1として高齢群の値の倍率を計算したところ、塩味は約9倍、酸味は約18倍となりました。これら2味覚は加齢により9~18倍も鈍くなっているわけです。対して甘味は約3倍、うま味は約4倍と低く、年をとっても比較的味覚感度の低下は小さい=感度は維持されているという事になります。

軽い運動の効果

次の実験は大変興味深いものです。平均年齢73.8歳の高齢者48人に無理のない軽い運動を1時間程度行ってもらいました。運動内容はイスに座りながらのストレッチと筋肉トレーニング、立って足踏みをしながら課題に取り組む脳トレーニングです。

運動の前後で味覚試験を行い、それぞれの認知閾値を求め感度の変化を調べたところ甘味は約47%、うま味は約44%の向上効果が確認されました。すなわち加齢によっても感度低下が比較的軽い甘味とうま味は、軽い運動を行うことで感度アップが期待できるという事です。

一般的に加齢・老化の進行に伴い味覚感度は低下します。そのため食事を美味しく食べることができなくなり、ペットではフードの食いつきムラという現象が起きます。食欲が減少すると栄養不足/摂取栄養の偏りが生じ、次いで身体機能の低下を招いてしまいます。これが味覚低下による負の連鎖です。

今回疲れない程度の軽い運動を行うことで、食事を美味しく感じる甘味とうま味の感度アップが期待できるという実験データを紹介しました。これはちょうど1日1~2回の愛犬との散歩に相当します。オーナーと愛犬の味覚維持のためにも毎日の散歩は欠かせません。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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