獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットの病気編:テーマ「絶食の影響とリスク」

災害で避難生活でもしない限り、ペットが十分な食餌を摂れないということはないでしょう。正しいダイエットではなく、単にフードを与えない絶食では体重が減ることは想像できますが、体の臓器にはどのような変化が起こるのでしょうか?今回は絶食の影響とそのリスクに関する試験データを紹介します。

【臓器の萎縮】

生きている限り体内でエネルギーは消費されます。絶食中は食べ物からのエネルギー補給が途絶えるため、脂肪や筋肉を燃料として燃やす代替策がとられます。これにより体重は減り、同時に大切な臓器も重量が減少します。

重量減少する臓器

前回、実験動物のラットを使った絶食試験を紹介しました(久富裕子 長崎県立大学 2020年)。この報告の続きに体内の主要臓器の重量変化に関するデータがあります。ラットを通常飼育する対照群と、4日間水だけを与える絶食群の2グループに分けました。

絶食終了後10日目に両群ラットの体重と主要臓器の重量を測定しました。対照群に対し絶食群の平均体重は93.4gと43%減少していました。絶食群ラットの臓器重量を体重100gあたりで換算したところ、肝臓(3.0g)、心臓(0.386g)、腎臓(0.50g)、脳(1.729g)となりました。

これら絶食群の臓器重量を対照群と比較すると、全体として40~50%も委縮するという驚きの結果でした。しかしこの中で1つだけ影響をまったく受けない臓器がありました。それは脳です。

萎縮しない脳

この試験での体重100gあたりの脳の重量変化を再確認します。絶食4日目は対照群(1.726g)/絶食群(1.729g)、試験終了時は対照群(1.913g)/絶食群(1.867g)と脳では絶食による重量減少=萎縮がほとんど見られませんでした。

ここで絶食による体重減少と臓器萎縮の関係を次の4パターンにまとめることができます。
○体重減少割合<臓器萎縮割合 …肝臓
○体重減少割合≒臓器萎縮割合 …心臓
○体重減少割合>臓器萎縮割合 …腎臓
○絶食による萎縮がみられない …脳

絶食とは食べ物からのエネルギー補給が止まることです。脳は全身の細胞・臓器へ活動命令を出す大切な司令塔ですので、可能な限りダメージを受けないようになっていると考えられます。絶食負荷に対する耐性が強い臓器は脳であるということです。

【骨強度の低下】

絶食により脳を除く主要臓器では重量減少/萎縮が見られることが判りました。これに加えもう1つその影響を受ける部位として骨があります。

骨密度

4日間の絶食負荷後に食餌を再開した10日間のラットの骨密度の変化を見てみましょう。これも判りやすいように対照群ラットの骨密度を100とする相対値で表しました。絶食群ラットの成績は絶食2日目ですでに約89、4日目は約90、そして絶食が終了した6日目でも約93となりました。

肝臓や心臓などの内臓と比べ、骨が絶食の影響を受けるのは遅いと考えていました。しかし実際は骨密度も絶食直後から低下が始まり、そのダメージは食餌を再開してもすぐには回復しないことが判りました。

仮に皆さんのペットが骨折したとしましょう。手術の前に食餌を半日~1日制限すると骨は「骨折+絶食」のダブルでダメージを受けます。しかも食餌再開後も元の丈夫な骨に戻るには長い期間が必要になるということです。

成長期の絶食と骨強度

骨は死んでしまった構造物ではありません。破骨細胞というものが古い骨を壊し、骨芽(こつが)細胞が新しい骨を作るというサイクルを繰り返し維持・成長しています。年齢に関係なく生き続けている骨ですが、最も成長するのは幼齢期です。

ラットの幼齢期を前半(成長早期)と後半(成長晩期)に分け、それぞれ4日間の絶食負荷を2回課すという設定で大腿骨強度への影響が調査されました。通常飼育された対照群ラットの強度は14.57kgであったのに対し、絶食群(早期)は12.41kg、絶食群(晩期)は13.35kgという結果が得られました。

骨はリン酸カルシウムを主体とし、これにコラーゲンも成分としてできています。すなわち骨の維持・成長にはミネラルであるリン(P)とカルシウム(Ca)そしてタンパク質(コラーゲン)が必要です。絶食はこれら骨の材料供給がストップするため強度を低下させます。そしてその影響が強く現れるのは幼齢期である成長早期となります。

幼齢期のペットの骨は成長途中であり強度が完成されていません。加えて遊び盛りであるため骨折リスクが高い時期であると考えられます。骨折後のリハビリ期間中は適切なフードによる栄養ケアも大切です。

【運動・行動への影響】

前出の試験で脳は萎縮せず、絶食負荷に耐える力が強いというデータを紹介しました。確かに脳重量の減少は確認されませんでしたが、脳がコントロールしている「行動」に変化は見られないのでしょうか?

脳組織の変化

ラットを通常飼育する対照群、水だけでエサを与えない絶食群の2グループ分け3日間の行動を観察しました。試験終了後に両群ラットの脳を解剖して、神経細胞や神経線維の形態変化を顕微鏡で確認しました。

絶食負荷を課しても脳に萎縮は起こらず、顕微鏡観察でも組織自体に著変は認められませんでした。3日間程度の絶食では脳細胞が形態的にダメージを受けることはありませんでしたが、脳の指令活動には大きな変化が現れました。

運動量のアップ

脳からは全身の臓器や筋肉に命令を出す神経が伸びています。これを末梢神経といい、脚や腕の筋肉を動かすための指令を伝えるのが運動神経です。では絶食中のラットに起きた運動の変化を見てみましょう。

1日にどれくらいの距離を移動したかという運動量の比較データです。対照群ラットの平均移動距離が132mであったのに対し、絶食群ラットは1,222mと約9倍もの増加でした。飢餓状態で本当に死亡する直前にはまったく運動は止まりますが、3日間の絶食負荷では運動量は逆にアップするということです。

運動速度のアップ

運動には量(運動量)と質(スピード)があるので、運動速度についても確認しましょう。この試験ではラットの動きが遅い~速い場面が観察された回数をカウントしました。

遅い運動(1分間あたり0.5~1.0m移動)では対照群ラットで観察回数が多く、対して速い運動(1分間あたり2.0~3.0m移動)では絶食群の方が多いという結果になりました。すなわち絶食期間中はちょこちょことした素早い行動が増えるということになります。

今までのデータを思い出すと絶食状態では骨格筋の量は減少しました。しかし脳からは運動量の増加と運動速度のアップという指令が発信されます。これは絶食という非常事態に対して脳は「緊張状態、興奮状態、戦闘状態」と判断し自律神経の1つである交感神経(ストレス神経)のスイッチを入れたためと考えられます。

絶食下では体は脂肪・筋肉を削ってエネルギーを作り出します。脳は最後まで維持されますが、メンタル的には高度のストレス状態となっています。この絶食は普通の生活では起こりえませんが、手術前後や消化器系疾患では一時的に実施する場面があります。

ペットの病中病後のケア期間中には、十分な栄養補給が大切であることが再確認されました。次回は体内エネルギーの貯金といえるグリコーゲンについて解説します。

(以上)

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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