
絶食が動物の体に与える影響の話をしています。日常生活では皆さんのペットが絶食を行うことはそうそうありませんが、これが必要な場面としてお腹をこわしている時(激しい下痢、消化不良)や手術(麻酔)を行う前があります。今回は半日~1日程度の絶食が動物の腸に与えるダメージについてお知らせします。
目次
【ペットの腸】
私たちやペットが食事を摂ると食べたものは口→食道→胃→小腸→大腸と移動しながら消化が進み栄養素が吸収されます。ヒトの場合、胃袋はその人の足のサイズとほぼ同じ大きさ、腸の長さは7~8mとされています。ここではペットの腸について解説します。
腸の長さ
ペット特にイヌは大型犬~小型犬まで体格の違いがありますので、標準体長をイヌ0.75m、ネコ0.5mとしましょう。小腸+大腸=腸全体の長さはイヌで4.5m、ネコでは2.1mと約2倍もの差があります。この内、次に詳しく説明する小腸が腸全体に占める割合はイヌ・ネコともにおよそ80%となっています。
腸は腹腔の中に折りたたまれた状態で収まっているわけですが、その全長が体長の何倍にあたるかを計算するとイヌは6倍、ネコは4倍となります。同じペットでもネコよりイヌの方が腸が長いのは食性の違いに因るものです。
一般にネコは肉食動物、イヌは雑食動物とされています。肉類に比べると穀類(コメ)、イモ類、野菜類などは食物繊維を含むため消化に時間がかかります。そのため雑食性のイヌは腸が長い(長くなった)というわけです(村井篤嗣 名古屋大学 2021年)。

小腸の特徴
「小腸」「大腸」とはグループの名称です。十二指腸・空腸・回腸をまとめて小腸、盲腸・結腸・直腸をまとめて大腸と呼んでいて、2つのグループに分けられているのは形態や働きが異なるためです。小腸は消化分解された栄養素を吸収する場であり、これに続く大腸は残りの水分を吸収すると同時に何百種類もの腸内細菌が食物繊維を分解・発酵しています。
形態の特徴として小腸は大腸より細く、内腔粘膜にはたくさんのヒダをもちます。そしてこのヒダ表面にはさらに無数の絨毛(じゅうもう)というものが延びており、これより内腔表面積は約600倍にも拡大しています。小腸は絨毛を密集させることで効率よく栄養素の吸収を行っています。

【絶食による小腸ダメージ】
主に栄養素の吸収を担当している小腸の内腔には絨毛が密集しています。では絶食負荷がかかり吸収すべき栄養素が無い場合、小腸にはどのような変化が起こるのでしょうか?
腸絨毛の萎縮
小腸絨毛は伸び縮みによりその高さは変化します。実験動物のマウスを用いて絶食と絨毛の高さとの関係を調べた報告があります(東園和哉 東京大学 2019年)。供試マウスは通常の食餌を摂取する対照群、飲水が可能な絶食群、飲水もできない絶飲食群の3グループに分けられました。
24時間の絶食終了後に解剖し小腸絨毛の高さを測定して、対照群マウスを100とする相対値を求めたところ、飲水ありの絶食群マウスも飲水なしの絶飲食群マウスも共に80前後まで低下しました。丸1日絶食すると小腸絨毛はおよそ20%も萎縮してしまうということです。

免疫細胞数の減少
腸は消化器官であり、また外敵から体を守る免疫器官でもあります。小腸内腔の粘膜細胞間に存在するリンパ球は口から侵入してきた病原体をブロックする腸管免疫の最前線です。絶食がこのリンパ球数に与える影響が調べられています。
対照群マウスのリンパ球数100に対する相対値は絶食群32、絶飲食群43とおよそ60%も減少しました。栄養供給が24時間ストップすると腸管の免疫機能も大きなダメージを受けます。

腸管抗体量の減少
ワクチンを注射したり感染症から回復すると体内には抗体というものが産生されます。この抗体があると次回同じ病原体が侵入してきた時に素早くキャッチして処理することができます。腸管の内面はヌルヌルした粘膜で覆われておりこの粘膜中にも抗体が存在しています。
粘膜抗体量の変化を確認すると対照群100に対して絶食群・絶飲食群共に85程度まで低下しました。このように絶食負荷は小腸絨毛を萎縮させるだけでなく、腸管の免疫系も弱化させてしまいます。
【糖補給と小腸の回復】
ブドウ糖は細胞や臓器の基本的なエネルギー源です。ブドウ糖を補給することで絶食ダメージを受けた小腸絨毛や免疫細胞が回復する実験データを確認しましょう。
腸絨毛の回復
12時間絶食させたマウスをグループ分けし、解剖の2時間、4時間、8時間前にブドウ糖液を1回給与する群、そしてブドウ糖を与えない絶食群を設定しました。絶食負荷を与えない対照群マウスの小腸絨毛の高さを100として各群マウスの相対値を求めました。
12時間の絶食により87まで萎縮した絨毛は、その後ブドウ糖を経口給与することで回復を示しますが、最も効果的であったのは2時間前群で93という結果でした。絨毛はブドウ糖給与後2時間という短時間で元の高さ近くまで戻りますが、その後時間の経過により再び萎縮してしまいます。

免疫細胞の増加
同様に小腸のリンパ球数の回復成績を見てみましょう。絶食群は75まで減少しましたがブドウ糖給与2時間前群では88までの回復が確認されました。しかし4時間前群は54、8時間前群では62と減少傾向を示し、上記の絨毛の高さと同じような結果となりました。

小腸細胞の増加
小腸の絨毛、粘膜を分泌する粘膜細胞、そして免疫を担当するリンパ球も細胞です。絶食によって栄養素の供給が途切れるとこれら大切な細胞の分裂・増殖もストップしてしまいます。絶食後のブドウ糖給与によって小腸の細胞がどれくらいで増加するのかが調べられました。
12時間の絶食後、小腸細胞の増加レベルは対照群と比べ約60まで低下しました。そしてブドウ糖を給与した2時間前群は約90と対照群と同程度までの回復が確認されましたが、これが4時間前群・8時間前群と時間が経過すると60~70まで低下してしまいました。1回のブドウ糖給与では持続的な回復は望めないという結果でした。
ブドウ糖は単糖類ですので短時間で消化吸収されエネルギーに変わります。絶食後の絨毛萎縮や免疫細胞減少のダメージから早期に回復させるには、タンパク質・脂質(肉)よりも糖質(コメ)の方が適していることになります。お腹をこわしたときにお粥を食べるとおよそ2時間後には小腸絨毛の回復が始まっていると考えられます。

ペットが動物病院で手術を受ける場合、およそ12時間前からの絶食が指導されます。これは麻酔下で嘔吐すると誤嚥性の肺炎を起こすリスクがあるためです。無事に手術が終わってもこの間は何も食べていないため消化管、中でも小腸は大きなダメージを負っていることが判りました。
手術部位の早期回復は最も優先されることですが、小腸絨毛のケアもぜひ覚えておいて下さい。次回は腸絨毛の回復を応援する栄養素についての研究報告を紹介します。
(以上)

本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。




























