「本町獣医科サポート」の獣医師 北島 崇です。
前回、牛乳の困りごととしてアレルギーを紹介しました。今回はもう一つの大問題である「お腹のゴロゴロ」を取り上げます。
目次
みんなゴロゴロしているのか?
牛乳アレルギーの発生が主に乳幼児期であるのに対して、お腹のゴロゴロは、お父さんお母さん世代でよく耳にします。では、牛乳を飲むと本当にお腹の調子が悪くなるのでしょうか?
成年女性の場合
聖霊女子短期大学の塚田三香子らは、女子大学生を対象にして、次のような牛乳の摂取頻度調査を行いました(2003年)。
〇対象 18~22歳の女性189人
〇質問 あなたはどれくらいの頻度で牛乳を飲んでいますか?
〇回答
・毎日飲んでいる(31%)
・ほとんど飲まない(27%)
・その他(42%)
およそ1/3の女性が牛乳を飲まないようにしているという結果でした。次に「飲まない」と答えた女性にその理由を聞いてみました。
〇質問 牛乳を飲まない理由は?
〇回答
・においが気に入らない(38.6%)
・お腹がゴロゴロする(28.1%)
・家で飲む習慣がない(3.5%)
・アレルギーがある(3.5%)
・理由不明、飲みたくない(26.3%)
「においがイヤ」という理由はさておき、「お腹がゴロゴロするから」という回答は約28%でした。ということは、牛乳を飲むとお腹の調子が悪くなる成年女性の割合は全体のおよそ7%ということになります。
牛乳は何本まで大丈夫?
1つおもしろい報告がありますので紹介しましょう。お腹をゴロゴロさせる犯人は、牛乳中の乳糖であることは広く知られています。では乳糖をどれくらい摂取するとお腹が痛くなるのか、という実験です(奥 恒行 県立長崎シーボルト大学 2001年)。
奥が行った試験内容と結果は次のとおりです。
〇対象 健康な成人53名(平均年齢21歳)
〇乳糖摂取量 30g~60g
〇下痢の発生率
・30g摂取(0% 下痢の発生なし)
・40g(10.9%)
・50g(39.0%)
・60g(54.5%)
結果によると、原因とされる乳糖を30g摂取しても下痢は起こりませんでした。これを実験対象者の体重を考慮して計算すると、体重1㎏あたりの乳糖無作用量は0.71gとなります。これは体重50㎏の成人が、1回に乳糖を35.5g摂取してもお腹は痛くならないという意味です。
牛乳200mLには9~10gの乳糖が含まれています。トータルで計算すると20歳くらいの健康な成人では、1度に牛乳瓶3本分の量を飲んでも下痢は起こらないということになります。
牛乳を飲むとお腹がゴロゴロするというのは、乳糖による単独犯行ではなく、飲み方や年齢、個人差などが背景にあるようです。
本当に乳糖が悪者なのか?
とはいえ、お腹ゴロゴロの主犯が乳糖であることは間違いありません。なぜ乳糖が悪者扱いされるのかですが、その答えは私たち成人が乳糖を消化する力を極端に失っているためです。
通常、乳糖(ラクトース)は小腸で乳糖分解酵素(ラクターゼ)によって、ブドウ糖とガラクトースというものに消化されます。しかし、この酵素がないと乳糖はそのまま大腸まで流入します。
大腸は水分を吸収する場所ですが、未消化の乳糖は逆に水を引き寄せます。これにより大腸内は水浸し状態になり、結果として下痢が起こるというわけです。
どうやら、お腹ゴロゴロの真犯人は牛乳中の乳糖というより、乳糖分解酵素を失った私たち自身とも考えられます。
乳糖分解酵素
牛乳の困りごとであるお腹ゴロゴロには、乳糖を分解する酵素の有無が大きく関係しています。ここではこの酵素ラクターゼについて詳しく説明しましょう。
乳糖不耐症
牛乳中の乳糖を消化できずお腹の調子が悪くなることを「乳糖不耐症」といいます。これは病気ではなく症状を指す言葉です。
乳糖不耐症とは、乳糖分解酵素が十分に働かない状態といえます。変な話になりますが、そもそも私たちは酵素ラクターゼをもっているのでしょうか?
西洋人vsアジア人
(社)Jミルクの統計によりますと、ヨーロッパの人々1人あたりの年間牛乳消費量は80~120㎏です。これに比べて日本人の消費量は約30㎏です。
ヨーロッパの人は日本人のおよそ3~4倍量の牛乳を飲んでいる計算になりますが、こんなに飲んでお腹はゴロゴロしないのでしょうか?もしかすると、外国の人々は乳糖を分解する酵素をたくさんもっているのかもしれません。
その人が酵素ラクターゼをもっているかどうかは、この酵素をつくるための遺伝子をもっているかどうかに関わってきます。この遺伝子の保有率を世界の民族ごとに調査した報告があります(1994年)。
乳糖分解酵素をつくる遺伝子の保有率
●北欧(85%以上)、中欧(70%以上)
●黒人(20~40%)、アメリカ原住民(20%以下)
●アジア人(5%以下)
これより、私たちアジア人のほとんどはこの遺伝子自体をもっておらず、生まれつき乳糖を消化できない(消化しにくい)民族であるといえます。
遺伝子保有率の差は、食生活の違いによるものと考えられます。すなわち、ヨーロッパにおける牛乳を飲む牧畜文化と、アジアのコメを食べる農耕文化の違いです。
何百年にもわたり牛乳を飲み続けているヨーロッパ地域では、この遺伝子を保有している人の割合は高く、乳糖不耐症の人の割合が低いということになります。
こどもvsおとな
先ほど「私たち成人は乳糖を消化する酵素を失っている」と述べました。このことを確認する試験結果があります(尾形 2007年)。
尾形は実験動物のマウスを使って、酵素ラクターゼの活性の変化を調べました。マウスは生まれて約3週間で離乳しますが、生後23日前後を境としてラクターゼ活性は急激に低下しています。
この現象はヒトでも確認されており、成人期のラクターゼ活性は乳児期のおよそ1/10程度しかないといわれています。
離乳をして母乳を飲む必要がなくなると、乳糖を分解する酵素ラクターゼの役割も終了します。実は「成人の乳糖不耐症は普通の現象」ということでした。
紹介した2点をまとめると、「乳糖不耐症は牛乳を飲む習慣があれば逆に起こりにくい」ということになります。
腸内細菌の活用
離乳して母乳を飲まなくなった成人(ヒト)や成獣(ペット)では、もう牛乳を安心して飲むことはできないのでしょうか?この乳糖不耐症にも対応策があります。
飲み方、酵素配合
日本酪農乳業協会の調査によると、牛乳を飲むとお腹の調子が悪くなる人が行っている工夫として次のようなものがあります(2004年)。
・温める(43.8%)
・飲む量を控える(37.0%)
・コーヒーと混ぜる(32.3%)
冷蔵庫から出して冷たいまま飲まず、人肌程度に温めると腸の酵素ラクターゼがはたらきやすい条件になります。ペットの場合、手作りフードの材料として使用するのもいいでしょう。
また、近頃はペット用のミルクも販売されています。表示をよく見ると「乳糖分解酵素配合」との記載があります。これは酵素ラクターゼを用いて、あらかじめ乳糖を消化・分解してあるものです。
お腹の善玉菌
乳糖はオリゴ糖の1つです。ということは、大腸の乳酸菌などの善玉菌は乳糖を食べてくれるということです。マウスに牛乳を与えた場合の善玉菌数の変化についての試験報告があります(高橋 2005年)。
〇供試動物 6週齢のマウス
〇グループ
・標準のエサ給与群
・標準のエサ+牛乳給与群(66日間)
〇牛乳給与による腸内細菌の増加率
・大腸菌数(3.2倍)
・乳酸桿菌数(50.1倍)
・ビフィズス菌数(15.6倍)
乳酸菌は乳糖分解酵素ラクターゼを産生します。従って、牛乳を飲むとお腹の善玉菌は乳糖をエサにして増えてくれます。牛乳はプレバイオティクスとしてのはたらきをしているわけです。
牛乳を飲む習慣
最後に乳糖不耐症の根本的な対応策を確認しましょう。離乳して成人になった私たち哺乳類は、牛乳中の乳糖を分解する力を失ってゆきます(これは普通のことでした)。
牛乳を飲む習慣がない動物では、お腹の善玉菌はエサをもらえなくなります。そして、たまに牛乳を飲むと乳糖を消化するものがいないため、お腹の調子が悪くなってしまいます。この結果、増々牛乳を飲まなくなるという「負のスパイラル」におちいります。
これに対して牛乳を飲む習慣があると、おなかの善玉菌はどんどん増えていきます。牛乳の乳糖は腸内細菌によって消化され、お腹がゴロゴロなりにくい体質になります。こちらは逆に「正のスパイラル」が出来上がります。
このように「牛乳を飲む習慣」が乳糖不耐症の一番簡単な対応策でした。牛乳を与えるとお腹の調子が悪くなるペットの場合、プロバイオティクス(善玉菌の摂取)やプレバイオティクス(善玉菌のエサの補給)として、ヨーグルトや牛乳を少しずつでも与えてみてはいかがでしょうか。
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執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。