獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットとの生活編:テーマ「多頭飼育問題」

前回は、2~3頭のペットと一緒に暮らす複数頭飼育の際の注意点についてお話をしました。今回はこれとはまったく次元が異なる「多頭飼育」の現状と問題点について考えてみようと思います。

【多頭飼育問題】

20年ほど前からでしょうか、しっかりとしたケアをせずに何十頭もの動物と一緒に生活をしている人が周辺住民との間にトラブルを起こすという社会問題が発生しています。いわゆる「多頭飼育問題」とか「多頭飼育崩壊」と呼ばれているものです。

多頭飼育問題とは

環境省では多頭飼育問題を「多数の動物を飼育しているなかで、適切な飼育管理ができないことにより、下記の3つの影響のいずれか、もしくは複数が生じている状況」と定義しています。ここでいう3つの影響とは次のことです。

①飼育者の生活状況の悪化
②動物の状態の悪化
③周辺の生活環境の悪化

この3つが絡まり合うことにより多頭飼育は社会問題化し、現在では地方自治体、社会福祉協議会、動物愛護団体、周辺住民などがチームとなって問題解決に取り組んでいます。これが多頭飼育問題であり、複数頭飼育とはまったく異なるものです。

動物の種類と飼育頭数

環境省は都道府県や政令指定都市などの自治体を対象に実施した調査結果を2020年に「社会福祉施策と連携した多頭飼育対策推進事業アンケート調査報告書」として公表しています。

報告書には平成27年~令和元年の間、合計385件の多頭飼育事例に対して各自治体が問題解決のために行った調査内容が記載されています。この中で飼育されていた動物種については、イヌ(174件)、ネコ(237件)、その他にウサギやニワトリなどとなっています(複数回答)。

やはりイヌ・ネコが中心ですが、ネコの件数が多いのは野良ネコを拾ってきたり、繁殖能力が高いなどの理由が背景にあると思われます。

また飼育頭数では、1件あたり10頭以上~30頭未満(52.2%)が最も多く全体の半分以上、次いで30頭以上(30.6%)、2頭以上~10頭未満(15.8%)となっています。

このように1つの家屋に20~30頭の動物が飼育されていると、飼育者の体力や経済面に多大な負荷がかかります。飼育を始めた頃は頭数が少ないためしっかりと世話ができていてもいつの間にか数が増え、気が付いたら自分のケア能力を超えていたという流れになります。

一般的に多頭飼育の場合、飼育者が自分から保健所などに相談し援助を求めるということはありません。このため頭数の増加→飼育者の生活の悪化→動物の飼育状態の悪化→家屋/周辺環境の悪化と進んでしまいます。

【飼育者への影響】

では各自治体の担当者が多頭飼育者宅を訪問し、聞き取り調査を行った結果内容を見てみましょう。

健康状態

飼育者の年齢層は70代以上が全体の30%、同居人がいない単身世帯が45%でした。このため担当者が見たところ、病気や筋力などの身体的に弱っていると判断される事例が29.9%、十分な食事を摂っていないと思われる事例は18.7%もありました

飼育者に高齢層が多いことから、中には認知症や寝たきり状態の例も確認されています。しかし、全般的には特別な身体上の健康問題は認められないという結果でした。動物のケアができないのは飼育者の体力面だけが原因ではないようです。

経済状態

飼育者の収入源では、安定したものではないものの親族などから仕送りを受けている事例がありました。また就業している人もあり、自営業者、派遣労働者、中には意外なことに医療従事者(医師、獣医師)というものもありました。しかし、経済状況についてはおよそ半数の53.5%において困窮していると判断されています。

以上より、多頭飼育において飼育者の背景には大きく経済的な要因があることが判ります。加えて健康状態の悪化という身体面よりは、何かしら精神的な要因といったものがあるのではないかと思われます。

【飼育動物への影響】

1つの家屋に30頭近くの動物が一緒に飼育されている多頭飼育において、動物たちの生活状態はおおよそ想像できると思います。

飼育状態

多頭飼育では動物がケージで飼育されている事例はほとんどありません。ケージ飼育の場合でも狭い中に収容されているものが約16%、全体の88.1%は家屋内や敷地内で放し飼いになっています。

また当然のことですが、多数の動物にケージが与えられていないということはトイレの場所も決められていないということになります。その結果、68%において糞尿の適切な処理がされていないという状態です。

衛生状態

飼育動物の健康管理・衛生状態について確認しましょう。イヌを飼われているみなさんは年1回の狂犬病予防注射を受けさせています。これは法律に基づいた愛犬オーナーの義務です。

調査した多頭飼育(イヌ飼育に限定)事例では、全体の85.1%には狂犬病の予防接種記録がありませんでした。また皮膚炎や何かしら病気の疑いがある例は44.9%もありました。

予防注射を行っていない、病気にかかっているがその対応をしている様子がないというのは動物病院を利用していないということです。共に経済的な余裕がないことが背景にあるのでしょうが、その前に動物に対する飼育者の健康管理意識が低いことが判ります。

1人の飼育者がペットとしての動物をしっかりケアできるのは数頭まででしょう。20~30頭の動物が専用ケージもなく放し飼いされている多頭飼育では、1頭1頭動物を個体管理するという意識を失ってしまっているようです。

【周辺環境への影響】

多頭飼育が発覚するきっかけは、においや鳴き声などご近所からの苦情です。最後に周辺の生活環境への影響を確認しておきましょう。

悪臭、害虫の発生

飼育動物が放し飼いされているとトイレの管理はできません。また頭数が多すぎて個体管理の感覚が失われているため、シャンプーをしてあげるということもないでしょう。このため当然ながら、糞尿臭や動物臭は屋外までに広がります。

調査では室内に悪臭がする(67.8%)、屋外まで悪臭がする(58.5%)という結果でした。またハエなどの害虫が室内に発生している(38.7%)、屋外まで発生している(31.7%)ということでした。

治安の悪化

生活環境の悪化は動物のにおいや鳴き声だけではなく、飼育者の住居自体にも表れます。窓が割れている/修理すべき個所がそのままになっているといった家屋のメンテナンスがされていない事例は46.5%と半数近くもありました。

多頭飼育による飼育者の生活レベルの悪化は、住居の維持管理意識も低下させてしまいます。家屋の劣化が放置されると周辺住民の生活環境、さらには地域全体のイメージや治安も悪くなります。これが多頭飼育問題=社会問題といわれる理由です。

このコラムでは前回紹介した「複数頭飼育」と今回の「多頭飼育」を区別していますが、これは飼育頭数が何頭以上という意味ではありません。また、保護犬や保護猫を何十頭も飼育している動物保護団体は多頭飼育にはあてはまりません。その根本的な違いは飼育者に動物を管理する意識・能力があるかどうかということです。

次回はなぜ人は自分の生活レベルを下げ、周辺に迷惑をかけてまでも多数の動物と一緒に生活をするのかという点をメンタル面から探ってみようと思います。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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