獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットの病気編:テーマ「腫瘍を見つけるペットオーナー」

前回は生命表というものから、ペットの死亡原因や予防による余命の延長について述べました。現在、ペットの死因としてイヌで第1位、ネコでは第2位に位置しているのが腫瘍です。今回は日常生活における腫瘍の早期発見について考えます。

【死亡原因としての腫瘍】

一般的に「腫瘍=がん」と考えがちですが、正確にはがんは腫瘍の1つです。腫瘍とは細胞が無秩序に増殖する病態をいい、その性状により良性/悪性、発生部位により上皮性/非上皮性などに分かれます。この中の1つで上皮性の悪性腫瘍をがんと呼んでいます。

腫瘍発生年齢

細胞は遺伝子という設計図の情報に従って毎回正しく分裂・増殖し、また情報に従って増殖が止まり死んでゆきます。しかし長く生きていると外部から有害な物質が入り込み、この設計図を書き変えてしまうことがあります。具体的はお酒やタバコ、化学物質、活性酸素、ウイルスなどでこれらがいわゆる発がん性物質です

大学の動物病院に来院したイヌ26,072例中、5,819例(22.3%)が腫瘍と診断されたというデータがあります(信田卓男ら 麻布大学 2008年)。この腫瘍群の年齢分布を見てみると平均年齢は9.2歳、8~12歳が腫瘍の好発年齢であることが判ります。

ヒトもペットも年齢が進むにつれて、発がん性物質により細胞の遺伝子が書き換えられ、正常細胞が腫瘍化するリスクがアップします。イヌの10歳前後はヒトでは60歳くらいに相当しますので、腫瘍がイヌの死亡原因トップであることも頷けます。

犬種と腫瘍による死亡

朝や夕方にペットと一緒に散歩を楽しんでいる方を見かけます。現在はトイプードルやチワワなどの小型犬の人気が高いようです。日本ペットフード協会が発表している人気トップ5の犬種はトイプードル、柴犬、チワワ、Mix(雑種)、ミニチュアダックスですが、この内腫瘍を死亡原因第1位とするのは次の3種です(井上 舞ら ロイヤルカナンジャポン 2022年)。

○人気の犬種と腫瘍による死亡割合

・柴犬(24.7%)
・Mix(23.2%)
・ミニチュアダックス(15.5%)

またこの他にもゴールデンレトリーバー、シェットランドシープドッグ、マルチーズ、シーズーは腫瘍の発生率が高い犬種とされています(信田卓男ら 麻布大学 2008年)。

このように犬種によって腫瘍による死亡リスクには違いがありますが、なんといっても腫瘍は早期発見・早期治療が基本です。では愛犬の腫瘍は誰がどのようなタイミングで見つけているのでしょうか?

【腫瘍を見つける①】

私たちヒトでは、毎年受ける人間ドッグや集団がん検診などで腫瘍が発見されることがあります。また病院の検診だけでなく、「ん?しこりがある…」といったように、日常生活において本人が見つけるという例も少なくありません。ではペットの場合はどうでしょうか。

獣医師かオーナーか?

あまり知られていませんが、動物のがん医療分野として国内で唯一岐阜県には「犬腫瘍登録制度」というものがあります。これは獣医学科がある岐阜大学と県獣医師会が連携し、家庭で飼育されているペットの腫瘍の発生から治療までのデータを一括してまとめてがん対策に活用しようとするものです。

この岐阜県犬腫瘍登録データを元に、家庭犬の腫瘍が発見される経緯をまとめた報告があります(勝又夏歩ら ヤマザキ動物看護大学 2021年)。これによると2013年度に腫瘍発生が報告された698例中、体表にできた腫瘍は582例、体腔内の腫瘍は110例でした。

そしてこれらの腫瘍が見つかった経緯としては、健康診断や他の病気の診療中の動物病院での発見が20.2%、対してオーナーによる発見が79.8%でした。実は家庭で飼育されているイヌに発生する腫瘍のおよそ80%は、獣医師ではなくオーナーが見つけているということです。

被毛の長さと発見率

上皮性の悪性腫瘍をがんと呼んでいます。この「上皮」とは体や臓器の「表面」という意味で、例えば皮膚表面の細胞が腫瘍化したものが皮膚がん、胃の内側表面の細胞が腫瘍化したものが胃がんとなります。

イヌやネコといったペットには体表に被毛があり、それぞれに短毛種や長毛種があります。この内、代表的な短毛犬種/長毛犬種には次のようなものがありますが、みなさんの愛犬はどちらのグループでしょうか。

○短毛犬種

 ・ダックス、チワワ、ビーグル、柴犬
 ・ラブラドールレトリーバー

○長毛犬種

 ・シーズー、マルチーズ、ポメラニアン
 ・ゴールデンレトリーバー

ここで気になるのが、被毛の長さにより皮膚の腫瘍には発見しやすい/発見しにくいがあるのでは?という疑問です。勝又の報告の体表腫瘍のオーナー発見率を見てみましょう。すると短毛犬種(79.8%)、長毛犬種(86.4%)と共におよそ80%の割合でした。

もう1つの腫瘍である体腔内腫瘍についてはどうでしょうか。体腔とは体の中の空間という意味ですので、肺・肝臓・胃腸といった内臓にできる腫瘍がこれにあてはまります。この場合は体表腫瘍と異なり手で触ったり、目で見て発見という訳にはいかないため、元気・食欲、痛み、尿・糞便の状態などが発見のきっかけになります。

体腔内腫瘍のオーナー発見率は短毛犬種(75.8%)、長毛犬種(74.4%)でした。やはり体表にできる腫瘍と比べるとわずかに値は下がるものの、75%前後と高い発見率です。

以上より愛犬の被毛の長さと腫瘍発見率の間には関係がなく、腫瘍全体の75~80%はオーナーが見つけているということになります。

愛犬のサイズと発見率

現在、人気が高い犬種はトイプードル、チワワ、柴犬といった中~小型犬です。ではイヌのサイズと腫瘍発見率の間には何か違いがあるのでしょうか。

イヌを小型犬(プードル、チワワ、ダックスなど)、中型犬(ビーグル、柴犬など)、そして大型犬(ラブラドールレトリーバー、ゴールデンレトリーバー、シベリアンハスキーなど)に分けて比べた場合、この場合もまたオーナーによる発見率は80%前後と同様の結果でした。

【腫瘍を見つける②】

ペットの年齢が進むにつれて腫瘍ができるのは避けられないことです。しかし必ずしも腫瘍=がんという訳ではありません。私たちの願いとしてはせめて良性腫瘍でありますように…ということになります。

腫瘍の性状と発見率

腫瘍化した細胞の増殖スピードが速く、そして他の臓器に転移するリスクが高いものが悪性腫瘍です。イヌの腫瘍全体で見た場合、性状比率はおよそ良性(40%)悪性(60%)です。また腫瘍の中でも皮膚の肥満細胞腫、血液のリンパ造血器系、呼吸器系、骨関節系、内分泌系の腫瘍の悪性比率は90~100%です(信田ら 2008年)。

では最後に腫瘍の性状とオーナーの発見率の関係を確認しておきます。まず良性腫瘍では獣医師の発見率(21.5%)であったのに対し、オーナー発見率(78.5%)でした。そして悪性腫瘍に関しても獣医師(21.3%)に対しオーナー(78.7%)という結果でした。

このようにオーナーの腫瘍発見率は、良性/悪性の違いに関係なくここでも80%近くの高い値を示しています。

スキンシップと観察力

ペットの腫瘍・がんに対する知識が豊富な獣医師よりもオーナーの発見率が高いのはなぜでしょうか?これはペットとの触れ合いや観察する時間がオーナーのみなさんの方が長いことに因ります。

毎日の生活でみなさんはペットを抱き上げたり、顔や頭を撫でてあげたりしています。またブラッシングやシャワーもしてあげていると思います。このようなスキンシップ時に体表腫瘍を「しこり」として見つける可能性が高いわけです。また元気・食欲の有無、何か痛そうな歩き方、いつもと違う呼吸の様子、糞の色や状態など変化は体腔内腫瘍のサインである場合があります。

ふとしたタイミングで感じる「何か違うな…」という気付きが腫瘍発見につながります。検診時の獣医師よりも、ペットを毎日観察しているオーナーのみなさんの方がこの気付きのチャンスが多いのです。

腫瘍は早期発見・早期治療により克服できる病気といわれるようになりました。10歳時点で腫瘍を克服した場合、平均余命はイヌ0.5年、ネコは0.9年延びると計算されます(井上ら 2022年)。みなさんの観察力と気付きがペットの長生きを応援します。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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