獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットの病気編:テーマ「ペットに由来するズーノーシス」

前回、新型コロナ感染症対策(手洗い、消毒、マスクの着用など)はズーノーシス(人獣共通感染症)の予防策でもあったという話をしました。今回はヒトでの診断事例が多かったペット由来ズーノーシスについて詳しく紹介します。

【ペット由来ズーノーシス(1)】

神戸市と福岡市の医師への聞き取り調査の結果、ペットが原因と考えられる感染症として最も多かったものは猫ひっかき病、次いでオウム病、皮膚糸状菌症、トキソプラズマ症がありました。

原因微生物

微生物が体表に付着/体内に侵入することを暴露(ばくろ)、続いて増殖することを感染といいます。この微生物には細菌やウイルスがありますが、ズーノーシスの原因微生物はさまざまです。上記4種に狂犬病を加えた5種類の感染症の原因微生物を確認しましょう。

まず細菌ではペスト(ネズミ)、サルモネラ症(ニワトリ)が有名であり、ペットはブルセラ症(イヌ)があります。猫ひっかき病はバルトネラという細菌が原因でこの菌はネコの赤血球内に存在します。

ウイルスでは以前世界中で大騒ぎになったエボラ出血熱、蚊が媒介する日本脳炎やデング熱があります。その中でも最も有名なものが狂犬病です。狂犬病はイヌ・ネコ・ヒトを含む哺乳類全般に感染するウイルス感染症です。

これらの他にオウム病はクラミジア(あまり馴染みがありません)、皮膚糸状菌症は真菌(カビの仲間)、そしてトキソプラズマ症は寄生虫の1種である原虫というものが病原体です。それぞれ大きさや生態、有効な薬など異なる特徴をもっています。

感染動物

ペットというとイヌ・ネコが主流ですが他にも小鳥やヘビ・トカゲといったエキゾチックアニマルもいます。上記5ズーノーシスを感染する動物別に分けてみると、猫ひっかき病はネコだけでなく、ごくまれですがイヌからヒトに感染したと考えられる症例があります。
 
皮膚糸状菌症、狂犬病はイヌ・ネコ共に(狂犬病は哺乳類全般)、トキソプラズマ症は豚肉からヒトに感染しますが(豚肉はしっかり加熱するというのはこのためです)、本来はネコの寄生虫症です。オウム病はオウムやインコといった鳥類が感染動物でありヒトへの感染もあります。

伝播経路

ペットがもっている病原体がヒトに感染するまでのルートを伝播(でんぱ)経路といいます。伝播経路にはペット→ヒトという直接伝播と、ペット→媒介物→ヒトと何らかの仲介物を経由する間接伝播があります。

今回紹介している5種類のズーノーシスでは猫ひっかき病(ひっかき傷)、狂犬病(咬傷)、皮膚糸状菌症(接触)、オウム病・トキソプラズマ症(糞の吸引、経口感染)というように基本的に直接伝播します。

加えて猫ひっかき病ではネコノミを媒介動物とする間接伝播もあります。ネコの赤血球にいる病原菌(バルトネラ菌)は吸血によりネコノミに移り、糞と共に排泄されます。糞中のバルトネラ菌はネコの被毛・爪・舌に付着し、再びネコ→ネコまたはネコ→ヒトに感染を繰り返すというわけです。

【ペット由来ズーノーシス(2)】

ペットからうつる病気の症状として最も極端な例に狂犬病の「恐水症」があります。これは水を飲む時にのどに痙攣が起き苦痛を感じるため「水を恐れる」ということからきています。

ヒト・ペットの症状

ズーノーシスに感染した時のヒトの症状はそれぞれ特徴的です。猫ひっかき病では発熱や傷口・リンパ節の腫れが見られます。オウム病は乾燥して舞い上がった糞と一緒にクラミジアを吸い込むため咳・痰・発熱といったインフルエンザ様の症状を示します。皮膚糸状菌症はペットの被毛からカビの一種の原因菌がヒトの皮膚に付着増殖するためかゆみや脱毛が発生します。

そして妊婦さんが要注意すべきがトキソプラズマ症です。免疫を持たない初産時に感染すると死産や流産が起こり、出産しても産子に脳障害や運動障害といった影響が表れるとされます。妊娠中はネコの飼育を控えるというのはトキソプラズマ症対策によるものです。

このように狂犬病を除き、上記4種のズーノーシスではヒトに特徴的な病状がみられますが、ペットにおいてはどれも基本的に無症状です。オーナー家族の中で何か健康上の異常が見つかった時、それがペットに由来するものと気付きにくいのが現状です。

感染対策

先ほどの伝播経路を元に、ペットに起因するズーノーシスの予防策を確認しましょう。まず直接伝播(接触、創傷、吸引・経口)対策ではキスなど過度の接触を控える、ペットと触れ合った後は手を洗う、部屋の掃除と換気を行う、シャンプー・爪切りなどのケアを怠らないなどがあげられます。間接伝播ではノミの駆除があります。

加えてオーナーもペットも定期的な健康診断を受けることが大切です。ペットは病原体を保有していても無症状であることが多く、ヒトはまさか自分の体調不良にペットが関係しているとは思わない場合がほとんどでしょう。

加えて野良ネコなど野外動物との接触は避けるべきです。特に新型コロナの5類移行後、国内外への旅行が復活しつつある中、海外での野生動物との接触には注意が必要です。

【狂犬病の輸入感染】

名前だけは有名ですが、実際にはほとんど誰も見たことがないズーノーシスが狂犬病です。国内の最終報告はヒトとイヌが1956年、ネコが1957年ですので日本では65年以上狂犬病は発生していません。

狂犬病の発生状況

島国である日本は英国やオーストラリア、ニュージーランドなどと共に世界でも数少ない狂犬病清浄国です。しかし4年前、この日本で狂犬病患者が死亡していることをみなさんはご存知でしょうか?

現在までの狂犬病の国内感染による死亡者数を見てみると1956年の1人を最後に以後報告はありません。しかしその後、1970年(1人)、2002年(2人)、そして2020年(1人)の合計4人が死亡しています。これら4人は海外でイヌから咬傷を受け、帰国後に発症・死亡した事例です。これを「輸入感染」と呼んでいます。

狂犬病の潜伏期間

狂犬病はヒトも動物も神経症状などを発症した後はほぼ100%死亡します。しかし咬傷を受けウイルスが体内に入ってもすぐに発症するわけではありません。病原体の侵入から発症するまでの無症状の期間を「潜伏期間」といいます。

狂犬病の場合、動物に咬まれると唾液中のウイルスが傷口から侵入し(=暴露)、筋肉内で増殖します。その後ウイルスは末梢の神経を伝わって中枢神経(脳、脊髄)に到達し脳で更に増殖します。これにより狂犬病に特徴的なよだれ、けいれん、異常行動といった神経症状が発生します。そして脳で増えたウイルスは全身に伝播され最終的に死亡します。

この咬傷部から侵入したウイルスが脳に到達するまでの期間が潜伏期間です。イヌでおよそ1か月、ヒトでは2~3か月とされていますが、最短で5日、最長で8年という報告があります。1970年以降の輸入感染事例の4人は海外で感染し潜伏期間中に日本に戻り、その後発症・死亡したということです。

輸入感染リスク

狂犬病の輸入感染事例についてもう少し詳しく紹介しましょう(伊藤(高山)睦代 国立感染症研究所 2022年)。患者は20代~60代とバラバラですが、共通して海外でイヌに手足を咬まれて感染しています。また4例のうち2例は飼い犬ですので、ペットとして飼育されているからといって安全というわけではありません。

潜伏期間は1~2か月間ですが、2020年症例のように8か月間という長期の事例もあります。これは咬傷を受けた部位が脳に遠いほどウイルスの伝播に時間がかかるためです。また発症から死亡までの期間は10日~30日間でした。

ズーノーシスの予防対策として「海外での動物との接触を避ける」というもの紹介しましたが、日本と異なり世界のほとんどの国には現在も狂犬病の感染リスクがあるという感覚を持つべきです。なお、狂犬病は咬傷を受けた直後であれば「暴露後接種」といって、ヒト用のワクチン注射により治療が可能です。

新型コロナの流行が下火になり、以前のような自由に行動できる生活を取り戻しつつあります。しかし感染対策(手洗い・消毒、換気)の怠りはコロナやインフルエンザだけでなく、ペットからの感染症を招くことにもつながります。楽しい国内外旅行のためにも動物との距離感を意識することは大切です。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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