熱中症に対してペットは大きなハンデ(不利)を2点もっているという話しをしました。1つは全身で汗をかくことができない、もう1つは被毛があるということです。汗に関しては解剖学的なことですのでどうにもなりませんが、被毛はカットによってある程度の夏場対策が可能です。
目次
【サマーカット】
ヒトもペットも生きている限り体の中で熱を産生しています。夏場は余分な熱を体外に放出(放熱)して体温調節を行っているわけですが、個々のペットにおいて放熱の効率には違いが見られます。
ペットの放熱
ペットの放熱に関与する主な因子として体格、肥満、年齢、被毛があげられます。体格とはサイズによる体表面積、肥満は体脂肪による保温作用、年齢は老化と代謝量の関係といったことですので、実際にはこれら3つは深くリンクしています。
残る1つが被毛です。ペットには短毛種や長毛種がありますが、被毛のカットは私たちが実施できる最も即効性のある暑さ対策です。
サマーカットは有効か?
みなさんは愛犬にサマーカットを行っていますか?少しでも涼しく過ごさせてあげたいということで、愛犬の被毛をいつもより短めにカットするのがサマーカットです。
全国のトリミングショップ64店を対象としたサマーカットに関するアンケート報告があります(アニコム損害保険株式会社 2009年)。これによると7月の2日間での来店犬2,357頭のうち、サマーカットの実施割合は37.1%、また前年よりも依頼が増えているとする店舗は56.7%ということでした。
また対象店舗の80.7%から「サマーカットは暑さ対策に有効と思う」とする回答が上がっていますが、一方では「被毛を短くカットし過ぎると、直射日光があたりかえって暑いのでは?」と考えるトリミングショップもありました。
このように近年人気が上がって来たサマーカットに関して、被毛の有無や長さが夏場のペットの体温調節にどのように影響しているのかを考えてみましょう。
【被毛と放熱】
動物にとって被毛は冬の体温保持に重要であることは間違いありません。では被毛がない裸の状態では体温はどうなるのでしょうか。実験動物のマウスを用いた被毛と皮膚温度の関係を調べた報告があります(水上惟文ら 鹿児島大学 1986年)。
被毛の有無と放熱
実験では通常のマウス(被毛あり群)と被毛をカットしてヒトと同じように皮膚を露出させたマウス(被毛なし群)を準備しました。そして室温環境を18、22、26、30℃に設定し、体温と皮膚温度を測定しました。
結果では両群のマウス体温は37.7~37.9℃と室温と関係なく一定でした。対して皮膚温度はどの室温環境でも被毛なし群>被毛あり群という関係が確認されました。一般には「被毛がある=温かい=皮膚温度は高い」とイメージしがちですが、実際はその逆で被毛があると皮膚温度は低いという結果でした。
ここで注意すべきは、体温(温かい/寒い)は体の深部温度のことであり、皮膚温度とは皮膚からの放熱量を意味しています。皮膚温度が高いとは、体温が皮膚を通してどんどん外に逃げているという意味です。対して皮膚温度が低いとは、環境温度が高くても低くても皮膚からの放熱が十分行われていないということです。
マウスやペットの被毛には寒い冬はもちろんのこと、暑い夏場でも皮膚から体温の放出を抑えるはたらき(保温作用)があるわけです。
被毛のはたらき
この実験では被毛の熱遮断能力(保温効果)を算出しています。これによると室温が18℃から30℃に上がるにつれて熱遮断能は低下していきます。18℃(春や秋に相当)において、体温を維持するため被毛が外部への放熱を遮断するのは適切なことですが、30℃(夏場)でも熱を逃がさない能力=保温効果は残っています。
以上より動物の被毛は冬に大切な体温を保持するはたらきをしますが、夏場では皮膚からの放熱を抑え体温の上昇を招くことになります。この意味からペットのサマーカットは熱中症リスクを軽減するのに有効と考えられます。
【被毛と輻射熱】
ペットの被毛には断熱作用/保温作用があります。このため体の中から外へ熱が逃げにくいわけですが、逆に外からの熱が体の中に入りにくいともいえます。すなわち被毛は、夏場の日中の輻射熱からペットを守ってくれていると考えられます。
衣服(被毛)の有無と輻射熱
ペットの被毛を私たちの衣服に置き換えてみましょう。炎天下で服を着ている場合と裸の場合とではどちらが多くの熱を受けているか?という試験データが紹介されています(財団法人 日本体育協会 平成18年度版『知って防ごう熱中症』)。
これによると気温35~40℃の環境では、裸体よりも着衣の方がおよそ30%受熱量が少ないということです。衣服(被毛)は直射日光や地面からの輻射熱をカットしてくれています。
衣服(被毛)の枚数と輻射熱
では続いて衣服枚数と輻射熱のカット率を見てみましょう。綿の作業着を1~3枚着て照明を10分間当てた場合のデータです。着衣1枚の時の輻射熱を100とすると2枚(20)、3枚(8)と大幅に低減します。
衣服を被毛、着衣枚数を被毛の長さと考えると、輻射熱から体を守るという点からはペットの被毛は大変良い仕事をしていることになります。特に地面からの距離が短い小型犬のサマーカットでは、極端に短くせず皮膚が被毛で隠れているという長さが適切であるといえるでしょう。
衣服の素材と輻射熱
最後にペットウェアについて考えてみましょう。ウエアには被毛と同じように体からの放熱を抑える代わりに、直射日光や輻射熱をブロックするという役割があります。小さな子どもの熱中症予防として外出時の帽子がありますが、ペットウェアはちょうどヒトの帽子と同じ意味合いがあります。
真夏の屋外に様々な素材と色の帽子を置き、帽子内の温度上昇を評価した報告があります(北 徹朗ら 武蔵野美術大学 2022年)。実験では気温38.9℃の運動場で地面から約70cmの高さの台の上に各種帽子を1時間並べました。
結果としてはどれも40℃以上を示したのですが、その中で比較的低い温度に抑えられていたのは綿(35%)+ポリエステル(65%)という混合素材の帽子で各色の平均値は40.0℃でした。また色ではピンクが最も低く38.4℃に抑えられていました。
夏場のペットウェアはおしゃれ感だけでなく、通気性と輻射熱の反射効果を参考にして素材と色を選ぶ必要があるでしょう。
動物の被毛は本来、体表の保護や冬の体温保持のためにあります。このため近年の夏場の酷暑シーズンでは体温調節がうまくいかず、熱中症のリスクを招く結果になっています。しかし逆に、被毛には外からの太陽光や輻射熱の侵入を低減するはたらきもあります。
通気性が良く皮膚をしっかり覆う長さのサマーカットは、体表からの放熱を促し輻射熱をブロックするのに有効です。これが前出の疑問「被毛を短くカットし過ぎると、直射日光があたりかえって暑いのでは?」の答えになるでしょう。
(以上)
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執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。