獣医師が解説

ペットの病気編: テーマ「乳酸菌の意外な力」

前回はお腹にいる乳酸菌について話をしました。乳酸菌とはグループの名称であり、この中に有名なビフィズス菌やガセリ菌などがいます。昔から乳酸菌の働きとして整腸作用が知られていますが、近年はこの他にもたくさんの意外な力をもっていることが判ってきました。

【乳酸菌はどこにいる?】

お腹の乳酸菌は腸に棲んでいますが、小腸、大腸、十二指腸など腸の名前はいろいろあります。よく言う小腸とは胃から続く十二指腸・空腸・回腸の3つの腸のグループ名です。そして大腸は次の盲腸・結腸・直腸のグループ名です。では乳酸菌は小腸、大腸のどの辺に棲みついているのでしょうか。

幼犬の乳酸菌

ビーグル犬を用いて腸の中の乳酸菌数を調べた報告があります(Bennoら 理化学研究所 1992年)。これによると12か月齢未満の幼犬8頭の腸内容物1gあたりの菌数は胃(6,000~25万個)、小腸(6,000~1,000万個)、大腸(6億~80億個)ということです。

また、悪玉菌として有名なクロストリジウム・パーフリンゲンスという菌は胃(1,000個)、小腸(300~1,000個)、大腸(20万~80万個)という結果で、善玉菌である乳酸菌と比べてはるかに少ない菌数でした。

高齢犬の乳酸菌

次は11か月齢以上の高齢犬8頭の結果です。同じように腸内容物1gあたりの菌数は胃(4万~8万個)、小腸(6,000~12万個)、大腸(1,000万~12億個)となっています。

高齢犬の悪玉菌クロストリジウムは胃(1万個)、小腸(1万~1,200万個)、大腸(1,500万~6,300万個)というように乳酸菌と同等レベルまで増えてきていました。

このようにイヌにおいて腸の乳酸菌は、胃→小腸→大腸と後方に進むほど多くの菌が生息し、高齢になると全体の菌数は減少することが判ります。

【抗酸化力と肥満対策】

このようにお腹の乳酸菌は加齢に伴い減少しますが、体を作っている細胞レベルで老化を考える時、よく出てくるワードに「抗酸化力の低下」があります。私たちヒトやペットが、呼吸により取り込んでいる酸素はエネルギーの元ですが、細胞自体を酸化させます。これをブロックする力が抗酸化力です。

高齢犬の抗酸化力

野菜や果物に豊富に含まれるビタミンB、C、Eは抗酸化ビタミンと呼ばれています。中でもビタミンE(トコフェロール)は大変強力な抗酸化力をもち、体内で余分な酸素から細胞膜を守ってくれています。

乳酸菌を含む犬用プロバイオティクス給与による体内のビタミンE濃度の変化を調べた報告があります(稲富太樹夫ら 開業獣医師 2013年)。一般家庭で飼育されている高齢犬10頭(10~16歳)にこの乳酸菌サプリメントを28日間与えた結果、血中ビタミンE濃度は8.4%、抗酸化力(BAP値)は38.9%アップしたといいます。

乳酸菌サプリメントは、フードやおやつに含まれるビタミンEの吸収を促進し、この結果低下していた高齢犬の抗酸化力を増強させたと考えられます。

内臓脂肪の低減

ヒトもペットも年齢を重ねるとジワジワ体重が増加していきます。基礎代謝の低下や運動量の減少により、食事から取り入れたエネルギーを消費しきれず、余った分が脂肪という形で体内に蓄積されるためです。

乳酸桿菌の仲間にガゼリ菌があります。この菌の摂取による内臓脂肪の低減作用を紹介しましょう(Kadookaら 雪印乳業 2010年)。

●被験者 BMIが高めの健康な成人87人(男性59人、女性28人)
●試験品 各ヨーグルト200g/日×12週間摂取
●グループ
  対照群(44人) …ガセリ菌を含まないヨーグルト
試験群(43人) …ガゼリ菌(5億個/g)を含むヨーグルト

両群被験者の脂肪量と体型を測定した結果、それぞれのヨーグルトを摂取する前と比較して試験群の方が皮下脂肪面積(-4.6%)、内臓脂肪面積(-3.3%
)、腹囲(-1.8%)と大きく減少していました。

ガセリ菌を毎日摂取することにより、体内の脂質代謝が改善され、脂肪の蓄積が抑えられることが確認されました。このガゼリ菌の作用は、ペットの肥満対策にも応用できるかもしれません。
  

【免疫力アップ】

新型コロナウイルスがまん延する前には、「インフルエンザ予防に乳酸菌飲料を!」というCMがよく流れていました。もうすっかり乳酸菌には私たちの免疫力をアップしてくれる作用があることが認識されているようです。

腸管免疫

考えてみると気管(呼吸)や消化管(食事)は、外部から病原体が侵入してくる部位です。したがって、細菌やウイルスからの攻撃をブロックするために、この部位の表面には粘膜が発達しています。これを「腸管免疫」とか「粘膜免疫」と呼んでいます。

8週齢の幼犬を2群に分けて、1グループには通常のフード、もう1グループには乳酸菌を添加したフードを与え、免疫に与える影響を調べた研究報告があります(海外 2003年)。

この試験に使用された乳酸菌は腸球菌の仲間のフェシウム菌というものです。腸管免疫をモニターする方法として、に含まれる粘膜抗体(IgA)量を測定したところ、試験群の方が多いという結果が見られました。フェシウム菌は腸管からの抗体分泌を促進しているということが判ります。

ワクチン抗体価

このように口から摂取した乳酸菌が腸の免疫を強化するというのはイメージしやすいと思います。加えて乳酸菌は、ワクチンの効き目もアップさせるというデータがあります。

犬用混合ワクチンの中に犬ジステンパー感染症の抗原が入っています。上記2グループの犬ジステンパーウイルスに対する血中抗体価(IgG)を測定した結果、やはり試験群の方が高い抗体応産生を示していました。

以上2つの試験結果から、乳酸菌の1つであるフェシウム菌は、イヌの感染症に対する免疫力を総合的にアップさせる働きがあることが確認されました。

【腎不全のケア】

今回のテーマに関する資料をいろいろと読んでいた中で、私が一番興味をもったのが、ヒトの慢性腎不全の食事療法に乳酸菌を活用するというものでした。では最後に乳酸菌と腎臓ケアとの関係を紹介します。

リン値を下げるビフィズス菌

腎不全には急性と慢性の2タイプあります。急性腎不全は数時間から数日と経過が早く、残念ながら回復の見込みはなく死亡事例も少なくありません。これに対して慢性腎不全は、長いものでは数年にもわたり腎臓の機能がジワジワ低下してゆくもので、この場合もまた回復することはありません。

慢性腎不全の対応策としては、どのように進行を遅らせるか、現状を維持させるかという方針をとります。この1つが食事療法としての低リン食ですが、リンの少ない食事のメニュー作りはなかなか大変です。

森下仁丹㈱の金谷 忠らは発想の転換を図り、腎疾患で人工透析を受けている患者を対象に次のような試験を行いました(2010年)。

●被験者 透析患者31人(血清リン値6.0㎎/dL以上)
●グループ
  対照群(16人)
  試験群(15人) …カプセル化ビフィズス菌(20億個/日)×4週間摂取

両グループの患者の血清リン値を測定したところ、対照群では7.0㎎/dL前後と高い値のままでしたが、試験群では摂取2週目から低下が見られ、ビフィズス菌摂取期間中は6.0㎎/dLを下回る成績でした。しかし、摂取終了後は再び上昇傾向を見せました。

この成績から金谷らは、ビフィズス菌は大腸で増殖する時に食物中のリンを自身の栄養素として利用・消費しているのではないかと考察しています。

リン値を下げる乳酸桿菌

乳酸菌による血清リン値の低減作用は、ビフィズス菌以外の菌でも確認されています(古川愛子ら 医療法人創和会しげい病院 2014年)。古川らは慢性腎不全の透析患者50名(男性36名、女性14名 平均年齢;62.5歳)を対象に乳酸菌飲料を1日1本(65ml)×8週間摂取してもらいました。

患者を高リン値群と低リン値群に分けて血液検査をしたところ、乳酸菌飲料によるリン値低減作用が顕著に確認されたのは高リン値群の患者でした。この試験で使用された乳酸菌飲料は市販のもので、乳酸桿菌(ラクトバチルス シロタ株)から作られているものです。

このように乳酸菌は腸の中で食事中のリンを吸収・利用して、腎不全患者の食事療法をサポートする力があるようです。この作用がペットの腎臓ケアにも応用できれば、オーナーのみなさんの低リンフード探しの負担も少しは軽減されると思います。

今や食事やおやつで乳酸菌を取り入れるのは、ごく一般的なことになりました。これまで知られていなかった健康機能も日々研究報告されています。高齢ペットはもちろんのこと、育ち盛りの愛犬・愛猫の生活サポートにも、乳酸菌を積極的に活用していきたいものです。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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