獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットとの生活編:テーマ「セラピー犬の職場導入効果」

前回はストレスには良いストレスと悪いストレスがあるという話をしました。しかし一般的には心身に悪いストレスの方がメインであり、私たちが主にこれを感じるのは職場ではないでしょうか。近年、職場ストレスの対策法の1つとして動物やペットを活用する会社が増えているようです。

【ストレスを感じている人達】

新聞やニュースを見ていると、職場における「○○ハラスメント」という言葉が頻繁に出てきます。現役で働いている人は、1日24時間のうち1/3の8時間は職場にいるわけですので、そこでの人間関係にストレスを感じるのはもっともなことです。この職場のストレスが○○ハラスメントを招くのでしょう。

職場ストレス調査

厚生労働省は「労働安全衛生調査」というものを行っています。これによると、現在の仕事や職場生活に強いストレスを感じている労働者の割合は全体の58.0%とのことです(平成30年)。

ストレスの内容では仕事の質・量(59.4%)、仕事の失敗・責任の発生等(34.0%)、対人関係(31.3%)などとなっています。また、これらを理由に長期の休職や退職する労働者がいる事業所を産業別にみると「情報通信業」が多い結果になっています。

情報通信業の中にはいわゆるIT系の職種があります。製造業や建設業などと比べるとオフィスの中で長時間の個人作業を行うため、メンタル面の負荷が大きいと思われます。

メンタルヘルス対策

このような状況から会社を運営する事業者は、労働者の精神面の健康すなわちメンタルヘルスを守る義務があるわけですが、何かしらの対策に取り組んでいる割合は59.2%と6割程度しかありません。

また対応の内容は次のようなもので、働く人達のメンタルヘルスを直接的に改善させるものとは言い難い感があります。
・調査票を用いたストレスチェック(62.9%)
・教育研修や情報の提供(56.3%)
・相談体制の整備(24.5%)

セラピー犬の活用

みなさんは「人と動物のふれあい活動」という言葉を聞いたことはありますか?これは動物との触れ合いやレクリエーション活動を通して、QOL(生活の質)の向上を図る活動をいい、アニマルセラピーとも呼ばれています。

この活動は場所や目的によって動物介在療法(病院)、動物介在教育(学校)、動物介在活動(介護施設)に分かれます。活躍している動物ではイヌが多く、これがセラピー犬です。セラピー犬の主な役割・効果は次の3つです。

●闘病やリハビリのサポート 
●意欲の増進やリラックス感の提供
●人間関係の円滑化、社会的潤滑油

現在、この中で社会的潤滑油という役割をもつセラピー犬を職場ストレス対策に活用しようとする試みが広がっています。

【職場へのセラピー犬の介在】

先ほどの厚生労働省の調査結果に、職場ストレスの具体的内容として「対人関係」がありました。同じ会社同じ職場でありながら、会話をする機会が少ないことから起こるギクシャクした関係というものでしょう。

会話の機会

就業中の職場へセラピー犬を介在させてその効果を調査した報告があります(八代 薫ら 大妻女子大学 2018、2020年)。試験設定は次のとおりです。

○試験参加者 93人(男性66人、女性25人、不明2人)
○セラピー犬 2頭(ドッグセラピスト2人付き添い)
○介在時間 午後の合計2時間

試験当日の仕事の都合により参加者は、セラピー犬と直接触れ合えた:接触群、様子を見に行ったり他社員から写真や様子を見聞きした:間接的接触群、そして非接触群の3グループに分かれました。

結果では「普段より会話量が増えた、普段より多くの人と会話をした、普段あまり話さない人とも話をした」と回答した割合は接触群>間接的接触群>非接触群となりました。セラピー犬の存在は社員間の会話を促す効果があるということが判ります。

気分プロフィール

上記と同様の試験設定において、セラピー犬の介在が個人の気分にどのように変化をもたらすかを調べた報告もあります(金井正美ら 大妻女子大学 2018年)。ここでは期間中にセラピー犬がいる日/いない日を交互に設け、試験参加者16人から気分プロフィールを聞き取りました。

 すると「楽しい、リラックス」という回答は介在日に有意に多く、「緊張、イライラ」という回答は不在日に多いという結果になりました。試験当日は参加者自身のタイミングで自由に触れ合える設定でしたが、やはりセラピー犬の存在は職場にリラックス感をもたらすようです。

【セラピー犬のいる職場】

職場へのセラピー犬の介在は個人の気分・意識に変化をもたらすだけでなく、社員同士の人間関係にも良い影響を与えます。

職場の変化

先ほどの八代らの報告の続きを見てみましょう。試験終了後に参加者から職場にどのような変化が認められたかを聞き取りました。全部で82件の回答があり、その中で多かった感想トップ3は次のような内容でした。

①頑張ろうと思った、職場の雰囲気が明るくなった(20件:24.4%)
②会話がしやすい、他部署の人との会話が増えた(16件:19.5%)
③心がリフレッシュした、仕事のメリハリができた(15件:18.3%)

この82件の回答者の半数は40代後半~50代前半の年齢層でした。いわゆる管理職層の人達にとっても、セラピー犬の存在は気分のリフレッシュ効果や会話のきっかけとなっていました。

またこの他に注目すべき意見として「職場の上下関係がなくなるように感じた(4件:4.88%)」というものがありました。これは「仕事の役割からの解放」というものです。セラピー犬の職場介在には、上司と部下や他部署の社員といった日頃越えがたい人間関係の垣根を取り除くという職場変化をもたらす作用もあるということです。

潤滑油として役割

昔小学校で仕事の種類として製造業、販売業、サービス業などと習いましたが、社会が複雑化した現代ではこれらの他に様々な職種が生まれています。1日中直接顔が見えない顧客と電話でやり取りを行う仕事や、ほとんど会話もなく1人パソコンに向かう仕事などなど…。

セラピー犬を職場に導入するとリラックス気分が得られ、さらには社員間の会話が増えるという結果が得られました。このような人間同士の交流をスムーズにする役割を「社会的潤滑油」と呼んでいます。潤滑油としてのセラピー犬には職場のQOL(生活の質)を向上させる働きが期待できます。

オフィスワークを主とする事務系の職場ではストレスがたまりやすく、どうしてもメンタル面に不調をきたしやすい傾向があります。これを受けて労働者のメンタルヘルス対策の1つとしてセラピー犬を活用する会社が増えています。次回は実際にペットを職場に導入する場合の注意点や、思ってもみなかった効果などの具体例を紹介します。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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