獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットとの生活編:テーマ「階段運動の健康効果」

いつの間にか夏の暑さは去り、朝晩は寒さを感じるようになりました。熱中症予防として外出を控えていたオーナーのみなさんにとって、運動不足を解消するのに良い季節です。今回はペットと一緒に手軽にできる階段運動の意外な効果を紹介します。
 

【運動の実施調査】

スポーツや運動が健康維持に良いことは、みなさんよくご存知です。しかし定期的に何か運動を行っているかと聞かれると少々困ってしまいます。スポーツ庁は2016年に全国の18~79 歳の男女(有効回答数20,000)を対象に『スポーツの実施状況等に関する世論調査』というアンケートを行いました。この中のいくつかの回答を見てみましょう。

運動不足を感じていますか?

質問「普段、運動不足を感じていますか?」
:感じている(77.0%)
…大いに感じる(38.7%)+ある程度感じる(38.3%)
:感じない(20.8%)
…あまり感じない(15.1%)+ほとんど感じない(5.7%)

全体の70%以上の人が日頃の生活において運動不足を実感しているわけですが、1年間に行ったスポーツや運動の日数としては「週に1日以上」とする回答割合は67.3%、この内「週5日以上」は13.9%でした。

私たちは日々運動不足を感じながらも、実際には毎日行うのは難しいというのが実情のようです。ではスポーツや運動を行わない理由は何なのでしょうか。

運動をしない理由は?

質問「運動の実施頻度を上げられない理由は何ですか?(複数回答)」
:仕事や家事が忙しいから(32.8%)
:面倒くさいから(24.0%)
:年をとったから(15.9%)
:お金に余裕がない(14.2%)
:運動が嫌い(10.0%)

健康に良いことは理解しながらも、運動を毎日行えない理由のトップはおよそ30%で「時間がない、忙しい」でした。この結果は日本生命保険相互会社(平成25年)、伊丹市(令和4年)の調査でも同様です。何か毎日手軽にできるちょっとした運動はないものでしょうか?

【エレベーター vs 階段】

運動ができない理由第1位は「仕事や家事で忙しい」でした。そこでこの理由を逆視点でとらえて「職場でできる」「家の中でできる」「お金がかからない」運動として提案されているのが階段の昇降運動です。

階段利用時の運動量

学校、職場、駅、ショッピングセンターなど大勢の人が出入りする場所には階段はもちろん、エスカレーターやエレベーターが設置されています。女子大学生を対象にフロア間の移動にエレベーターを利用する場合と階段を利用する場合の運動量を比較した報告があります(松本裕史ら 武庫川女子大学 2010年)。

エレベーターを利用した1日あたりのいろいろな運動項目量を100として、階段利用日の値を算出しました。すると歩数(10407.7歩vs 13141.4歩)と運動量(243.0kcal vs 314.8kcal)において階段利用日の方がおよそ30%多いという結果でした。

階段運動の活動レベル

身体活動は強度(レベル)によって、低強度、中強度、高強度の3段階に分けられます。判りやすい目安としては次のようになります。

○低強度 …意識せずに普通に歩く程度の運動
○中強度 …大股で力強く速歩きをする程度の運動
○高強度 …トレーニングなどの激しい運動

被験者の1日における身体活動をこの3段階に分けて調べた結果、エレベーター利用日と比べて階段利用日では低強度(約20%増)および中強度(約30%増)の活動が大きく増加していました。

職場や学校ではフロア間の移動にエレベーター/エスカレーターを利用しがちです。しかしこれを階段運動に置き換えることで体にムリのない程度の身体活動を20~30%アップさせることができるということです。

【階段運動と毎日の健康】

日常生活において階段運動は足腰にある程度の負荷をかけ、エネルギーの消費量を増やしてくれます。これらは具体的には筋肉量の増加や食後の血糖値上昇を抑える作用につながります。

脚の筋力増強

日頃運動習慣のない女子大学生9人(平均年齢20.9歳)に本人のペースで3か月間階段を利用してもらい、次の項目の変化量を調査したデータがあります(山本直史ら 愛媛大学 2014年)。

・1日あたりの昇降歩数
・1日あたりの10秒以内の活動回数
・大腿部前面の筋厚
・膝伸展筋力

結果は昇降歩数(224.0回→366.3回)、10秒以内の活動回数(15.1回→20.9回)共に階段利用によって増加しました。そして大腿部の筋肉の厚さは約6%、膝を伸ばす筋力は約20%もアップしていました。

このように階段運動は下肢筋肉の維持増強に有効であることが判ります。またこの効果はジムで行うトレーニングのように長時間のハードな筋運動ではなく、10秒以内の軽い細切れの昇降運動でも期待できることを意味しています。

血糖値の調整

糖尿病には2つのタイプがあります。1つは肥満とは関係なく血糖値を下げるホルモンであるインスリンが作られないもの(1型糖尿病)、もう1つは肥満が背景にありインスリンが効かないもの(2型糖尿病)です。イヌは1型、ヒトとネコは2型タイプがメインとされています。

ヒトの2型糖尿病では食後急上昇する血糖値を投薬によってコントロールしなければなりませんが、これに加えて中強度の有酸素運動(1回15~30分間のウォーキング×1日2回など)の併用が推奨されています。この運動療法を階段運動に置き換えた場合の試験データが紹介されています(林 達也ら 京都大学 2017年)。

●被験者 2型糖尿病患者7人(平均年齢68.0歳、投薬中)
●階段運動
  :毎食後60分および120分に自宅階段の昇降運動を実施
  :昇降運動は1回3分間×2回
  :運動レベルは中強度程度、スピードは任意
:試験期間は2週間

朝食前の血糖値を測定すると2週間の試験期間中の値はしっかりと低下を示しましたが、運動を終了すると再び上昇する傾向が確認されました。糖尿病では薬の服用は欠かせませんが、これに階段運動をセットにするとより血糖値上昇を抑える効果が確認されました。

ヒトもペットも糖尿病の血糖値コントロールは一生涯続くものですが、食後の階段運動は家の中でもできる有効な対応策といえます。

ペットと一緒に階段運動

先ほど身体活動の強度ということばを使いました。この強度を表す単位としてメッツ:METというものがあります。1メッツとは「ごろんと横になってテレビを見る」程度の活動です。これをペットとの生活場面で見てみると「愛犬との散歩」は3メッツ、「愛犬と一緒に走る、遊ぶ」が5メッツです。そして「階段を速足で上がる」は8.8メッツとされています。

駆け足で階段運動をする必要はありませんが、毎日のペットの散歩コースに階段や段差がある場合、ゆっくりと一緒に上り下りをするだけでも健康維持に十分有効であると考えられます。(ただし過度な運動は厳禁です)

厚生労働省の「健康づくりのための運動指針2006」では、日常生活の行動の中で筋力の強化向上が期待できるものとして階段運動が推奨されています。何処でもできて、道具もお金も必要としない階段運動を大切なペットの健康管理にぜひ取り入れたいものです。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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