獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットとの生活編:テーマ「ペットと一緒に階段運動」

新型コロナウイルス感染症の蔓延や夏の熱中症予防のため、しばらくの間外出を控える生活を送っていました。そろそろペットを連れて体を動かしたいものです。前回は階段を上り下りする運動が意外にも健康管理に有効であることをお伝えしました。ではこの階段運動ですが、ペットにとってはどのような影響があるのでしょうか。

【日常生活の運動】

毎日仕事や家事で時間が取れない中、体のためには何か運動を行いたいと考える方は少なくないでしょう。日本生命保険相互会社が全国の男女合計11,485人を対象にスポーツに関するアンケート調査を行っています(平成25年調査)。この内容をいくつか見てみましょう。

取り組んでいるスポーツ

質問の1つに「この1年間で取り組んでいるスポーツは何ですか?」というものがあります。複数回答として最も多かったものは散歩・ウォーキングで52.9%でした。これに筋力トレーニング(17.5%)、ゴルフ(13.3%)と続きます。

もう1つ「スポーツにかける月額費用は?」という問いがあり、これには費用をかけない(25.4%)、3,000円(30.2%)、5,000円(14.4%)、1万円(17.6%)、2万円(3.2%)、2万円以上(9.3%)という回答になっています。

この調査は平成25年に実施されたものですので、まだ新型コロナ感染症が流行する以前です。他人との接触をできるだけ避けるという意識がないその頃でも、散歩はお金をかけずに1人でいつでもできる人気No.1のスポーツということです。

階段運動の上り下り

近所への買い物や散歩に行く途中には、ちょっとした段差や歩道橋などがあります。この階段を上り下りすると、足腰の骨や筋肉に適度な負荷がかかります。この時、感覚的には下りる時よりも上がる時の方に大きな負荷がかかっている気がしますが、実際どれくらいの差があるのでしょうか?

階段、坂道、エスカレーター、エレベーターをそれぞれ上り下りする時のエネルギー消費量を測定した報告があります(藤井貴浩ら 名城大学 2005年)。平地を歩行する時の消費量を1とすると、下り運動では階段も坂道もほとんど変わりはありません。対して上り運動時では階段(約2.3)、5%坂道(約1.3)、9%坂道(約2.4)と大きく増加します。

体感どおり階段運動では下りよりも上りの時に2倍以上のエネルギー消費=脚への負荷がかかっています。ペットとの散歩途中に階段がある場合、2足歩行をする私たちは下りの方が楽ですが、4足歩行のペットでは上り階段と下り階段のどちらの方で負荷が大きいのでしょうか?

【階段運動のペットへの負荷】

階段は家の中、駅や公園などどこにでもあります。階段は踏み面と蹴上(段差)から成り、公共施設と比べて一般住居の階段は踏み面が狭く蹴上が高い急な構造になっています。ではここでイヌがこれらの階段を上り下りする時の体重負荷データを確認してみましょう。

住居の階段

倉敷芸術科学大学の伊東亜子らは、ラブラドール・レトリーバー(メス4歳)が階段を昇降運動する時、前肢後肢にどれくらいの負荷がかかっているのかを測定しました(2013年)。

まず一般住居モデルの急な階段(踏み面:23.1cm、蹴上:21.5cm)の場合です。脚1本への負荷を体重比%で計算したところ、上り階段では前肢(53%)、後肢(79%)、下り階段では前肢(105%)、後肢(57%)という結果でした。下りる時の前肢に最も大きな負荷がかかっていることが判ります。

公共施設の階段

次は公共施設モデルの緩やかな階段(踏み面:26cm、蹴上:18cm)です。同様に脚1本への負荷を体重比%で計算したところ、上り階段では前肢(54%)、後肢(67%)、下り階段では前肢(90%)、後肢(53%)でした。先ほどの急階段モデルと比べると少し軽減していますが、やはり下りる時の前肢に大きな負荷がかかっています。

イヌが平地を静止している時の体重負荷割合は前肢60%、後肢40%とされています。後肢よりも前肢の負荷が大きいのは重い頭部を支えているためです。4足歩行をするペットが階段を下りる時、体の重心は頭部の重さのため前方に移動し、結果前肢に大きな負荷がかかるというわけです。

【高齢犬と階段運動】

健康維持に役立つ階段運動ですが、高齢者にとっては事故リスクが高く、手すりを持ってゆっくりと慎重に上り下りする必要があります。では高齢ペットが階段を歩く場合、どのような対応をしているのでしょうか?

前肢負荷の軽減

倉敷芸術科学大学の大上千晴らは同一のイヌを用いて、年齢の経過と階段運動時の歩行状態の変化を調査しました(2018年)。試験条件は以下のとおりです。

●供試犬 ラブラドール・レトリーバー(メス)
●試験期間 4~9歳までの6年間
●供試階段 一般住居モデルの急階段
●測定内容
  :下り運動時の前肢への体重負荷
:  〃  の前肢の接地時間

ペットの階段運動では下りる時の前肢に最も大きい負荷がかかっていました。この負荷は年齢が進むにつれて大きくなると予想されますが、実際はその逆で4歳から9歳までの6年間では軽減する傾向が確認されました。

同じイヌが同じ階段を下りているのに、前肢への体重負荷が軽くなっているとはどういうことでしょうか?その答えはそっと歩いているということです。実験では供試犬が階段の踏み面に足(肉球)が接している時間を測定しています。

結果を見ると踏み面への接地時間は、年齢が進むにつれてわずかではありますが長くなる傾向がありました。高齢者が階段を利用する時に手すりをもってゆっくりと歩くのと同じように、高齢犬も踏み面に足を接する時間を長くして慎重に下りていたということです。

試験に供したラブラドール・レトリーバーは体重30kg前後の大型犬です。4歳はヒトでいう35歳、9歳は65歳くらいと考えると、若い時は元気に階段を上り下りしますが、加齢に伴ってゆっくりと移動するようになっていました。

ペットとの散歩・階段運動

最後にペットと一緒に階段運動を行う場合の注意点をまとめましょう。まず、散歩や階段運動はオーナーと愛犬の健康維持にとても有効であることは確かです。ただし4足で歩いている愛犬は階段を下りる時に前肢に負荷がかかります。これは大型犬や肥満犬ほど大きくなります。そして高齢犬との散歩では、階段の上り下りはゆっくり慎重に歩いてあげることが大切です。

階段運動は脚の強化に有効です。しかし、肥満や老化といった条件下では骨折・関節故障を引き起こすリスクも含んでいます。日頃から筋肉や骨を強くするタンパク質、カルシウムをしっかり摂り、適度に緩やかな階段がある散歩コースを歩いてペット一緒に健康な毎日を送りましょう。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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