獣医師が解説

【獣医師が解説】ペットの病気編:テーマ「歯の欠損と脳の健康」

シリーズで咀嚼回数が多いと脳が活性化され、寿命が延びるという話をしてきました。そして、しっかりと咀嚼をするには丈夫な歯が必要です。ヒトと同じようにペットにも歯周病ケアは大切です。

【ペットの歯周病治療】

ペットの歯の調子がおかしいことに気付くのは、フードの食べ残しや口臭を感じるようになった時が多いようです。しかしこのような症状を確認した時、すでにある程度歯周病は進行してしまっています。

歯肉の炎症状態

歯周病治療には手術・抜歯というイメージはありませんか?私たちと同様、ペットにおいてもできれば歯は抜かず何か薬だけで治療して欲しいと思います。これは以前紹介したものですが、重度の歯周病と診断された高齢犬に対して、次の2パターンの治療を行った場合の予後を比較した報告があります(湯本哲夫ら 開業獣医師 2004年)。

《Aグループ》

・19頭(平均年齢13.4歳)
・抗菌剤の経口投与×3週間

《Bグループ》

・10頭(平均年齢13.2歳)
・歯垢、歯石、歯周ポケットの除去
・抜歯(平均4.6本)
・抗菌剤の静脈/経口投与×2週間

治療前後の歯肉の腫れ具合を見た結果、Aグループでは軽度の炎症まで回復した割合はおよそ半数の47.4%でした。対する抜歯処置を行ったBグループでは、19頭全頭で炎症が軽減されていました。

食欲と体重の回復

歯の治療を行った後、オーナーのみなさんが気になるのはフードをしっかりと食べてくれるかどうかです。両グループのイヌの食欲を4つのグレードに分けて観察しました。

Aグループの結果では26.3%が通常量を食べるまでに回復しましたが、70%近くは半分量までの食欲しか見られませんでした。これに対してBグループでは、全体の80%が通常量のフードを食べるまでの回復を見せました。また治療1か月後の体重の変化ではAグループ(-0.11kg)、Bグループ(+0.3kg)と食欲の回復に見合った結果を示しました。

 このように重度の歯周病に罹ってしまった場合では、全身麻酔をかけて手術を行い、歯肉の切開や抜歯といった処置がその後の回復には有効であるといえます。

【歯の欠損と脳の活動】

歯周病治療で抜歯を行った場合、良好な回復を見ることはうれしいのですが、フードを噛む能力が低下するのは確実です。咀嚼は脳を刺激することから、治療のためとは言え高齢ペットが歯を失うことは、脳の機能低下を招くリスクがあります。

認知機能の低下

口腔状態と脳の認知機能との間には深い関係があることはよく知られています。65歳以上の高齢者13,594人を対象にして、6年後の認知機能の低下を自覚している人の割合を調べた報告です(木内 桜ら 東北大学大学院 2021年プレスリリース)。

調査対象者を口腔状態不良グループ(嚥下機能低下、咀嚼機能低下、口腔内の乾燥、歯の喪失)と良好グループに分け、認知機能低下を自覚していると回答した人の割合を比較しました。すると男性女性ともに不良グループの方が3~6ポイント高いという結果が得られました。

このように口腔内の健康状態の悪化は脳の機能低下を招くことが判ります。そしてその代表に歯周病などを原因とする歯の欠損があります。

学習能力の低下

脳は神経細胞の集合体であり、心臓や内臓の調整、手足の運動や皮膚の感覚などを一手に担う総司令部です。また脳の細胞の中には、記憶や学習能力をつかさどる部分もあります。

動物の学習能力を調べる方法の1つに迷路学習試験というものがあります。これは対象動物を迷路の中に入れて、エサのある目的地にたどり着くまでのエラー回数をカウントするというものです。実験動物を用いて歯の欠損と学習能力の関係を調べた試験成績があります(千葉 晃 岩手医科大学 1999年)。

●供試動物 マウス
●グループ
  抜歯群 …上顎、下顎、上下顎の両側臼歯を抜歯
  無処置群
●測定項目
  迷路学習試験のエラー回数

抜歯20週後、10日間の迷路学習試験を実施した結果を見てみましょう。すべてのグループにおいて日を追うごとにエラー回数の減少が確認されます。これは毎日繰り返し試験を行うことにより、脳が学習していることを表しています。

しかし、無処置マウスに比べると抜歯処置マウスはエラー回数が多く、全般的に脳の機能が低下していることも判ります。このように長期間にわたる歯の欠損状態、特に上顎臼歯(=奥歯)を失うことは脳の記憶や学習能力に支障を及ぼすと考えられます。

脳細胞の減少

脳の学習能力が低下するということは、これを担当する細胞に何か変化が起きているはずです。マウスを上顎臼歯抜歯群と無処置群に分け、各々に粉末のエサと固形のエサを与える4グループの脳細胞数を測定したデータを見てみましょう(竹田洋輔 広島大学大学院 平成28年度)。

試験開始16週間後、脳の中で記憶を担当する海馬という部位の細胞数をカウントしたところ、抜歯群は大きく減少していました。食物を噛んですり潰す臼歯(=奥歯)を失い咀嚼ができなくなると、脳細胞の減少が著しいということが判ります。

【歯の欠損と寿命】

高齢者/高齢ペットの老化の進行を速めるきっかけに骨折があります。特に足腰の骨折は、歩行ができなくなるため全身の運動機能が低下し老化を招きます。この他に近年では口腔状態の悪化、特に歯の欠損と老化の関係が研究されています。

老化が進行する

速いスピードで老化が進行し、寿命がおよそ1年の老化促進マウスという実験動物がいます。朝日大学の鈴木康秀らはこのマウスを用いて抜歯と老化・寿命の関係を調べました(2002年)。試験設定は次の通りです。

●供試動物 老化促進マウス
●グループ
  抜歯群 …上顎、下顎、上下顎の両側臼歯を抜歯
  無処置群
●測定項目
  老化度指数、自然死するまでの生存期間

まずは老化度ですがこれは反応性や被毛/皮膚の様子、白内障の発症などをスコア化したもので、数値が高いほど老化が進行していることを表します。

この老化度指数では試験開始20週まで4グループとも違いは見られませんでしたが、その後徐々に抜歯群ではスコアが高くなってゆきました。そして60週目で見てみると抜歯群が16~19であるのに対し、無処置群は11くらいと大きな差が確認されました。

またよく見ると抜歯群の内、上顎臼歯(=奥歯)を失ったマウスが最も老化スピードが速い傾向がありました。これは先ほどの抜歯と学習能力の関係と同様の結果でした。少し意外な感じがありますが、奥歯は下顎よりも上顎の方がより大切なようです。

寿命が短くなる

各グループの生存期間(週齢)は次のような成績になりました。( )内数値の左は平均生存週齢、右は最長生存週齢です。

・抜歯群
…上顎(39.6週齢、64週齢)
…下顎(43.7週齢、68週齢)
…上下顎(36.1週齢、60週齢)
・無処置群(51.0週齢、84週齢)

この試験に用いた老化促進マウスの寿命は1年≒52週ですので、臼歯を失うとおよそ20%寿命が短くなるという結果でした。この成績から「歯の欠損→咀嚼回数の減少→脳細胞の減少→老化の進行→寿命の短縮」という流れが出来上がると考えられます。

近頃ホームセンターのペットフードコーナーに行くと、デンタルケア商品のラインナップが充実しているのに気付きます。少しずつではありますが、ペットの歯磨きへの関心が高まってきています。

ペットの歯周病は食欲の低下や口臭などで気付くため、どうしても重症化してからの治療になりがちです。加えて抜歯処置は全身麻酔が必要なため、ペットに大きなストレスを強いることになります。

デンタルケアの基本は毎日の歯磨きです。ペットの歯の欠損防止のために、かかりつけの動物病院はもちろん、フードショップやトリマーさんなどへも気軽に歯磨き相談を行いましょう。

(以上)

使い方はとっても簡単!いつもの食事に振りかけて食べさせてください。簡単・お手軽に口内環境の維持ができます。猫ちゃんにも安心してご使用頂けます。


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執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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