獣医師が解説

【獣医師が解説】ケアフードを考える:テーマ「肝障害とアンモニア対策」

腎臓と並んで毎日寡黙に働いている臓器が肝臓です。肝臓は体内の化学工場といわれるように、食事として摂取した栄養成分の分解・合成に関わっています。そしてもう一つ肝臓の大切な仕事に解毒作用があります。今回からシリーズで肝臓ケアフードについてお伝えします。

【肝障害と臨床症状】

肝臓の病気と聞くと「B型肝炎」とか「肝硬変」、また「黄疸」といったことを思い浮かべます。基本的にはヒトもペットも肝障害の症状や治療方針は同じと考えて良いでしょう。

肝障害の進行

肝障害は進行度合いに伴い呼び名が正常肝→急性肝炎→慢性肝炎→肝硬変と変わります。後半の慢性肝炎や肝硬変にまで進行すると肝臓としてのいろいろな仕事ができなくなってきます。

ヒトのようなアルコール性肝炎を除いても、ペットの肝障害の原因はさまざまです。微生物感染としてはアデノウイルスによる犬伝染性肝炎がよく知られています。また感染症以外のものでは脂肪肝、重金属、カビ毒、腫瘍などがあります。

非感染性の肝障害とは「肝臓に何か良くないものがたまる」と考えると判りやすいと思います。中でもイヌの場合、銅の蓄積による中毒性の肝障害が特徴的です。

ペットの臨床症状

ペットの場合、肝臓が悪くなるとどのような症状が現れるのでしょうか?イヌの慢性肝炎の臨床症状をまとめた海外の報告があります(2019年 鳥取大学 天羽隆男訳)。これによると症例全体の半分以上で食欲低下(61%)と嗜眠/沈鬱(56%)が見られるということです。

肝障害の代表症状として黄疸があり、ヒトでは手のひらなど皮膚の色が黄色くなることで確認されます。しかしペットでは被毛があるため発見は難しく、イヌやネコの場合は白目や歯肉(歯ぐき)、耳の内側などの部位で観察します。

以上の3つの症状と比べるとその発症率は7%程度と低いのですが、大きな問題となるのが肝性脳症です。今回のシリーズではフードを通してこの肝性脳症のケアに役立つ情報をお知らせしようと考えています。

肝性脳症のレベル

ヒトの肝性脳症はその程度により5段階にレベル分けされています。最初のレベルⅠでは昼と夜の行動が逆転したり、なんとなく以前と異なる行動やだらしない素振りが見られるといいます。次にうとうと状態となり(レベルⅡ)、また理由もなく興奮したりします(レベルⅢ)。

やがて終日眠るようになり(レベルⅣ)、最終的には皮膚の痛みに対する反応も示さないくらいの深い昏睡状態となります(レベルⅤ)。全体の流れをみるとちょうど老齢による認知症の進行と似たところがあります。

先ほどイヌの肝障害の臨床症状において、肝性脳症の発症率は7%と高くないと紹介しましたが、嗜眠/沈鬱状態は全体の56%も確認されています。これをレベルⅠⅡとみると、イヌの肝性脳症の実質の発症率はもっと高いのかもしれません。

【アンモニアと肝性脳症】

肝性脳症とは「肝障害による脳神経症」ということです。では肝臓が障害されるとなぜ脳に異常が起こるのでしょうか?これは肝臓の解毒作用が低下するため有害物質が処理されず、体内を巡って脳にまで届くためです。この原因となるのがアンモニアです。

アンモニアの発生

アンモニア(NH3)はN(窒素)とH(水素)3つからできています。タンパク質、炭水化物、脂質の3大栄養素の内、N(窒素)を含んでいるのはタンパク質です。ということでアンモニアの発生源は肉や魚などのタンパク質となります。

肉や魚を食べると体内で消化されたタンパク質はアミノ酸になりますが、同時にアンモニアが発生します。このアンモニアは体にとって有害ですので、すぐさま肝臓で無害な尿素というものに解毒されて、大部分は尿と一緒に排出されます。また一部の尿素は体内を回って腸に戻ります。

腸の中にはいろいろな種類の腸内細菌が存在しており、この中には尿素をエサにしてアンモニアと二酸化炭素を作り生きているものがいます。このアンモニア産生菌により、腸の中では有害なアンモニアは常に発生しています。

このように解毒工場である肝臓の機能が低下するとアンモニアはあふれ出し、血液に乗って脳にまで到達してしまいます。アンモニアにより脳がダメージを受けて神経症状を見せるものが肝性脳症です。

肝性脳症の治療

ペットの肝障害、特に肝性脳症ではどのような治療が行われるのでしょうか。一般的には動物病院では次の3つの方針に基づいて対応されます。

①タンパク質を制限する

体内で発生するアンモニア(NH3)の由来はN(窒素)を含んだタンパク質です。これより、N源であるタンパク質をできるだけ少なく調整された療法食の給与が指導されます。

②アンモニア産生菌を叩く

一部の腸内細菌はおなかの中でアンモニアを産生します。この菌をターゲットとする薬(抗生物質やラクツロース)の投与、またプロバイオティクスとして乳酸菌の力を借りてアンモニア産生菌の増殖を抑えます。

③アンモニアを処理する

摂取量を減らしてもタンパク質を摂る限り、体内でアンモニアは必ず産生されます。したがって、アンモニアの処理を進めることも大切です。腸内で発生したアンモニアを吸着するのが食物繊維、肝臓に代わってアンモニアを処理する筋肉を応援するのがBCAA(分岐鎖アミノ酸)です。また、ミネラルである亜鉛はアンモニアの代謝を促進する働きがあります。

以上のように近頃では、肝性脳症を緩和する治療方法に腸内細菌をコントロールするという考え方が取り入れられています。

【フード食材とアンモニア】

肝性脳症ケアのためとはいえ、肉食性であるペットのために肉や魚を控えたフードを探すというのは大変なことです。肝臓機能が低下したペットにも与えることができる何か良いタンパク源はないものでしょうか?

N(窒素)とタンパク質

肝性脳症の原因物質はアンモニアであり、タンパク質そのものではありません。先ほどタンパク質はアンモニア(NH3)の原料となるN(窒素)を含むと述べましたが、もう少し詳しく説明すると「アンモニアの形で存在する窒素をたくさん含むタンパク質を控えましょう」となります。

タンパク質中には消化分解されてアンモニアになる窒素(これをアンモニア態窒素といいます)と、アンモニアにはならない窒素とがあります。すなわち同じタンパク質でもアンモニアになりにくく、弱った肝臓に優しい食材があるということです。

肉類と魚類

玉造厚生年金病院の横山元裕らは肝性脳症の食事療法の一環として、次のようにいろいろな食材のアンモニア態窒素量(NH3-N)を調査しました(1991年)。

《食材1gあたりのNH3-N量(㎎)》
〇肉類 …牛肉(0.106)、豚肉(0.316)、鶏肉(0.192)
〇魚類 …サバ(0.007)イワシ(0.010)、白身魚(0.074)
〇だし …鰹だし(0.018)、昆布+かつお節のだし(0.022)

この報告によると、やはり肉類にはアンモニア態窒素が多く含まれていることが判ります。中でも豚肉は高めの値を示しています。これに比べ同じタンパク質でも魚類の値は低く比較的安心な食材と考えられます。

また前回紹介したダシ類ですが、タンパク質・アミノ酸が多い鰹だしでもアンモニア態窒素量は低く安心して利用できそうです。

穀類、豆類、乳製品

続いて手作りフードやペットのおやつによく使用される食材について見てみましょう。

《食材1gあたりのNH3-N量(㎎)》
〇穀類 …米飯(0.014)、パン(0.017)
〇豆類 …豆腐(0.005)、おから(0.016)
〇乳製品 …新しい牛乳(0.003)、古い牛乳(0.207)、ヨーグルト(0.075)
〇野菜類 …キャベツ(0.003)、ニンジン(0.004)
〇果物類 …バナナ(0.008)、リンゴ(0.002)

ここでの注目食材は2つで、その1つが豆腐です。豆腐のアンモニア態窒素量は0.005㎎ととても低い値です。動物性タンパク質(=肉類)に比べて植物性タンパク質(=豆類)はアンモニアになりにくい栄養成分といえます。

もう1つは牛乳です。牛乳は新しいものに比べ日数が経過したものは、アンモニア態窒素量が増加していることが確認されます。肝臓が弱っているペットに牛乳を与える場合は、賞味期限ギリギリのものは避けた方が良いでしょう。

市販の肝臓療法食はタンパク質を抑えた栄養設計になっています。これは体内で発生するアンモニアを減らして、弱った肝臓の負荷をできるだけ抑えるためです。しかしタンパク質はペットの体づくりや健康維持にはどうしても必要な栄養素です。

今回は有害物質であるアンモニアになりにくいタンパク源を紹介しました。次回は体内のアンモニア濃度を低く抑える食材を通して肝臓ケアフードを考えてみようと思います。

(以上)

執筆獣医師のご紹介

獣医師 北島 崇

本町獣医科サポート

獣医師 北島 崇

日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。

本町獣医科サポートホームページ

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