始まって早々重い話になりますが、13歳ごろを境としてイヌの死因トップは腫瘍から循環器疾患に変わります。今回のテーマは「愛犬・愛猫の心臓疾患」です。
よく見る心臓疾患名
ペット雑誌を読んでいますと、イヌやネコがよく罹る心臓疾患として次の3つの病名が書いてあります。まずはそれぞれの特徴を整理しましょう。
小型犬:僧帽弁閉鎖不全症
この病名は前回の「放っておけない歯と健康の関係」のところでも登場しました。心臓内で血液の逆流を防止する4つの弁の1つが僧帽弁でした。この弁が上手く閉じなくなるのが僧帽弁閉鎖不全症です。
チワワ、シーズー、トイプードルなどの小型犬や老犬での発生が多い心臓疾患です。
大型犬:拡張型心筋症
「拡張型」とは心臓の筋肉が薄くなり中の空洞部分が広くなること(=拡張)をいいます。心臓の壁が薄いために血液を押し出す力が弱くなってしまいます。
このタイプはボクサーやセントバーナードなどの大型犬において見られます。
猫:肥大型心筋症
肥大型心筋症はネコに多く発生しています。このタイプは拡張型とは逆に
心臓の壁が分厚くなること(=肥大)によって中の空洞部分が狭くなるものです。
内部の空洞が狭いために少しの量の血液しか送り出すことができません。
心臓疾患調査
では実際にどれくらいの割合でこれら3つの疾患は発生しているのでしょう?㈶鳥取県動物臨床医学研究所の安武寿美子 氏らが鳥取県下1985~2003年の19年間分の膨大な調査データをまとめて報告しています(2005年)。
イヌの心臓疾患(1,421例)
イヌの心臓疾患では後天性のものがほとんどで、全体の92%を占めていました。僧帽弁閉鎖不全症はこの中のおよそ30%、またフィラリア関連症はおよそ50%にもなっています。
心筋症は全体の1%とわずかですが、このうちの約60%が拡張型心筋症ということでした。
ネコの心臓疾患(100例)
これに対してネコでは心筋症の発生が多く、全体の半分近くを占めていました。このうちのおよそ80%が肥大型心筋症でした。
なお、ネコの心筋症ではオスがメスの約2倍発生しているとのことです。(理由は不明です)
心臓疾患の問題点
心臓が上手く働かなくなると私たちヒトやペットにはどのような支障が起こるのでしょうか?心臓は全身に血液を送るポンプであると考えるとイメージがわいてきます。キーワードは血圧と心拍出量です。
血圧の低下
血液の逆流(=僧帽弁閉鎖不全症)や心臓の収縮力が弱くなると(=拡張型心筋症)、血液を押し出す勢いも弱まるため血圧が低下します。そうすると脳は「何とかして血圧を元の状態に戻さなければいけない!」と考えます。
この時、対策の1つとして「血管を収縮させる」というアイデアを実行します。ちょうど庭の水撒きの時にホースの先を指で押さえると水の勢いが増すのと同じことです。
これにより血圧は一時的に元の状態に戻ります。しかし、心臓にとってみれば血管の抵抗が増しただけで、余計な負荷がかかる結果になります。
心臓はさらに弱まり再び血圧は低下します。このようなことがグルグルと繰り返されて心臓は慢性的なダメージを受け続けることになります。
心拍出量の減少
心拍出量とは心臓から押し出される血液量のことをいいます。心臓内の空洞が狭くなり(=肥大型心筋症)、内部に溜められる血液量が少なくなると心拍出量が減少します。
すると今回脳は「体内の血液量(水分量)自体が減っているのかもしれない」と勘違いをしてしまいます。
体内の水分量を増やすには水を飲むか、もしくは尿を減らすかの2つの方法があります。脳は腎臓に対して尿を減らすために、水分の再吸収量を増やすように指令を出します。
これにより、血液中の水分量は増加して一時的に心臓の拍出量は回復します。しかし実際は体内の水分量が単に増えただけです。今回も心臓にとってみれば余計な負荷がかかってしまう結果になります。
心臓はさらに弱まり再び心拍出量は減少します。これがグルグルと繰り返されて心臓は慢性的なダメージを受け続けることになります。
加えて悪いことに、腎臓で水分の再吸収をおこなうとNaも一緒に引っ張ってくるため、Na過剰症になるというダブルパンチを受けてしまいます。
Na過剰症
Na過剰症になると全身にむくみ(=浮腫)が起きたり、肺に水が溜る肺水腫などを招きます。どうやらNaは体内の水分と関係が深いようです。これはどうしてでしょうか?
体内の水分を体液と呼びますが、この体液にはいろいろなミネラルが溶けています。体液を細胞の中(=細胞内液)と外(=細胞外液)に分けて見てみますとその中に含まれるミネラルの割合は大きく異なっています。
細胞内液にはK(カリウム)が多く、細胞外液ではNa(ナトリウム)が極端に多いのです。(日本緩和医療学会 終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン2013年度版)
腎臓で水分を再吸収するということは、中に溶け込んでいるNaも吸収することを意味します。血液中にNaが増えると今度は周囲の細胞から水分(=細胞内液)だけが送り込まれてきます。この結果、全身の皮下や肺などに水が溜ってしまうというわけです。
心臓疾患の対策
心臓疾患は遺伝的なものや加齢による影響が大きいため、あまりズバリの予防策というものはありません。ただ心臓のダメージを軽減したり、ポンプ機能を応援するといった対策は考えられます。
毎日の観察
一番観察しやすい場面として散歩があります。近頃、散歩に連れて行くとすぐに休みたがる、苦しそうな呼吸をする、散歩自体を嫌がるなどの反応は要注意です。
心臓のポンプ機能が低下すると心拍出量が減少します。これにより運動時に必要な酸素の供給量が不足することがこれら反応の背景です。
肥満防止
肥満になりますと体重の増加によって、体全体としてより多くの血流量を必要とします。また血管内部への脂肪沈着などにより血圧も上がります。このように肥満は心臓に対して大きな負担を迫ることになります。
毎日の散歩は肥満防止になりますし、異常な呼吸の発見にも役立ちます。オーナーのみなさんの健康管理も兼ねてペットとの散歩を続けましょう。
低塩分(NaCl)フード
低塩分フードは腎臓だけでなく心臓病のケアにも有効です。先程述べましたように、心臓機能が低下するとこれを補おうと腎臓では水分と同時にNaも再吸収します。従って、通常のフードを食べていてもNa過剰になってしまいます。
教科書的には心臓病のイヌにおいてのフード中Na含有量は0.08~0.25%が最小推奨量とされています。しかしこの値は乾物量換算であり、またフードによっては「食塩」または「Na」など表示はまちまちで判りにくいものです。購入時にはショップ担当者さんとよく相談する必要があります。
タウリン
タウリンはネコの必須アミノ酸として広く知られています。キャットフードへの配合によってネコの拡張型心筋症は減少したといわれています。しかしタウリンはネコだけに必要なアミノ酸ではありません。
イヌの心臓疾患とタウリンとの関係を調査した報告がありますので紹介しましょう(日本大学 伊藤慎二ら 2004年)。
●調査対象 …僧帽弁閉鎖不全犬(16頭)、対照犬(15頭)
●両群の血清中タウリン濃度を測定した
●僧帽弁閉鎖不全症のイヌではタウリン濃度が有意に低かった
タウリンは筋肉の収縮に必要なCa(カルシウム)の調整や強い抗酸化作用をもっているといわれています。イヌは体内でタウリンを合成する能力がありますが、老犬やすでに心臓疾患を示している場合では不足していること推察されます。
ネコはもちろんのこと、イヌにおいても心臓の正常な活動をサポートする栄養素の1つとしてタウリンの補給は重要であると考えられます。
その他
これら紹介したものの他にオメガ3脂肪酸(EPA、DHA)の有用性が報告されています(日本獣医生命科学大学 竹村直行 2011年)。また栄養関係ではありませんが、フィラリア対策も忘れてはいけない1つです。
以上のように心臓疾患は先天性のものを除くと老犬・老猫症候群の一つとしてもとらえることができます。定期健診や肥満状態の確認、散歩時の観察など
毎日のケアが大切です。
愛犬・愛猫の心臓疾患対策の基本は、オーナーのみなさんの早期発見と早期対応につきるといえるでしょう。
心臓をいたわるのにお勧めアイテム紹介
心臓にお勧めの療法食
FORZA10 リナールアクティブ
腎臓用のフードですが、ナトリウムの含有量も調整されているので、心臓へ配慮したフードになっています。
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執筆獣医師のご紹介
本町獣医科サポート
獣医師 北島 崇
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部獣医学科 卒業
産業動物のフード、サプリメント、ワクチンなどの研究・開発で活躍後、、
高齢ペットの食事や健康、生活をサポートする「本町獣医科サポート」を開業。